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2021/08/19

芥川龍之介書簡抄122 / 大正一一四(一九二四)年(三) 佐佐木茂索宛(修善寺での長歌并びに短歌)

芥川龍之介書簡抄122 / 大正一一四(一九二四)年(三) 修善寺にて通

大正一一四(一九二四)年四月二十九日・消印三十日・修善寺発信・東京市下谷區眞島町二ノ五號 佐佐木茂索樣・二十九日 しゆぜんじあらゐうち あくた川龍のすけ

 

  不可出於新聞長歌幷短歌

空ゆくや、照る日も見えず、湯けむりの、立ち立つむろに、さにづらふ、赤裸なる、二はしら、神のみことの、老いたるは、請負師かも、若かるは、官吏なるらし、二人とも、流しにゐまし、たるちしら、うら樂しけく、天ざかる、鄙の藝者に、惚れられし、話をすると、えらえらに、笑ひどよもし、ざぶざぶに、湯をあみませば、鴨じもの、わが沈みゐる、石ぶねの、湯ぶねの空ゆ、時じくに、雨ぞふりくる、ぬえ鳥の、なげかひ居れど、神えらぎ、やむときしらに、今しかも、醜(しこ)のつかひ湯、わが顏に、さとぞたばしる、ますらをと、おもへる我の、丸ビルは、海に入るとも、口つぐみ、あるにたへめや、湯の中に、い立ち上らひ、「おい、こら」と、雄たけびすれば、老いたるは 平にあやまり、若かるは、あつけにとられ、湯けむりの、千重(チヘ)に五百重(イホヘ)に、なびかへる、着ものぬぎ場へ、こそこそに、逃げてぞゆける、千早ふる、神わざならず、現し世の、人わざにして、二はしら、神のみことを、やらひたる、我はも美(は)しと、己(し)が姿、かへり見すれば、翠鳥(ソニドリ)の、靑き湯のへに、かなしもよ、天津麻宇羅は、ながながと垂れゐたるかも、

 二はしら神の命をやらひたる天津麻宇羅見らく愛しも  龍

 

   大 藝 先 生 梧右

二伸 一月ほど文藝欄を見てゐると、いろいろ面白い。廣津和郞先生は higher文學靑年だね。

 

[やぶちゃん注:「不可出於新聞」「新聞に出だすべからざる」。筑摩全集類聚版脚注に、『当時』、『佐佐木が時事新報に関係していたため』に断りを入れたものとする。ただの戯れの添え書きのようには見えるものの、先年初めの毎日新聞社馘首未遂事件(既注)などから、小品でも新聞系への自身の作品の掲載(しかもこれは依頼稿ではない)には神経を使っていたからでもあろう。

「むろ」所謂、岩窟風に造った岩風呂であろう。

「さにづらふ」連語「丹づらふ」。元は清音。元は「赤く照り輝いて美しい」の意で、転じて「色」「君」「我が大君」「妹」「紐」「紅葉」を形容することばとして用いられ、そうした「赤」を連想させる対象に広く掛かる枕詞となった。

「請負師」土木・建築工事などの請負を職業とする人。修善寺修復か温泉旅館のそれかも知れない。今一人が官吏だとすると、前者かも知れない。或いは、知人ではなく、たまたま風呂で一緒になっただけかも知れない。若い方がそそくさと出ているところからは、そっちか。

「たるちしら」筑摩全集類聚版脚注に、『足ることを知らず。「ち」は接尾語、「しら」は知らずの意味に用いようとしたのだろう』が、『正しくない用法』とする。

「鴨じもの」鴨のような。「じも」は接尾語で形容詞の活用語尾「じ」に形式名詞「もの」が附いたもので、名詞に付いて、「~のようなもの・~であるものとして」の意で、比喩的に言うもの。

「時じくに」時ならず。意想外に急に。

「ぬえ鳥」ズズメ目ツグミ科トラツグミ属トラツグミ Zoothera dauma だが(博物誌や伝承幼獣は私の「和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 鵼(ぬえ) (怪獣/鳴き声のモデルはトラツグミ)」を参照されたい)、ここは、その荒涼にして悲しげな鳴き声から、以下の「なげかひ」(歎かひ)の枕詞(「うら歎(な)く」「のどよふ」「片戀ひ」などにも掛かり、万葉以来の用法である)。

「えらぎ」「ゑらぎ」の誤り。「ゑらぐ」は上代語で「楽しみ笑う」の意。

「翠鳥(ソニドリ)」鳥綱 Carinatae 亜綱 Neornithes 下綱ブッポウソウ目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ亜種カワセミ Alcedo atthis bengalensis の古名だが(博物誌は「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鴗(かはせび)〔カワセミ〕」を参照されたい)、ここはその羽色から「靑き」の枕詞。修善寺にはおり(実見した)、ロケーションからもいい使用法である。

「天津麻宇羅」「あまつまうら」。自身の男根(芥川龍之介は巨根であったという)を戯れて呼んだもの。

「廣津和郞」(ひろつかずお 明治二四(一八九一)年~昭和四三(一九六八)年:芥川龍之介より一つ年上)は小説家。東京市牛込区(現在の新宿区)矢来町に硯友社の著名作家広津柳浪の次男として生まれた。大正二(一九一三)年、早稲田大学英文科卒業。在学中に葛西善蔵らと『奇蹟』を創刊し、評論活動を経て、小説に転じ、「神経病時代」(大正六年)が出世作となった。後に総合誌『洪水以後』の文芸時評欄を担当して評論でも名を上げた。敗戦後はカミュの「異邦人」をめぐる中村光夫との論争や、「松川事件」の政治性の闇と正面から取組んだ評論「松川裁判」などで知られた。

「higher」高級。]

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