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2021/08/10

芥川龍之介「鸚鵡 ――大震覺え書の一つ―― 」(正字正仮名版)――「芥川龍之介書簡抄」の大正一二(一九二三)年の狭間に(8)――追加――

 

[やぶちゃん注:作成意図は『芥川龍之介「大震雜記」(正字正仮名版)――「芥川龍之介書簡抄」の大正一二(一九二三)年の狭間に(1)――』の冒頭注を参照されたい。これを以って「芥川龍之介書簡抄」のインターミッションは終わりとする。

 本作は大正十二年十月五日発行の『サンデー每日』に掲載された(単行本には未収録)。

 底本は岩波旧全集を用いた。但し、加工データとして「青空文庫」の新字旧仮名版を使用させて貰った。太字は底本では傍点「ヽ」。]

 

 鸚  鵡

     ――大震覺え書の一つ――

 

 これは御覽の通り覺え書に過ぎない。覺え書を覺え書のまま發表するのは時閒の餘裕に乏しい爲である。或は又その外にも氣持の餘裕に乏しい爲である。しかし覺え書のまま發表することに多少は意味のない譯でもない。大正十二年九月十四日記。

 

 本所橫網町(よこあみちやう)に住める一中節の師匠。名は鐘大夫(かねだいふ)。年は六十三歲。十七歲の孫娘と二人暮らしなり。

 家は地震にも潰れざりしかど、忽ち近隣に出火あり。孫娘と共に兩國に走る。攜へしものは鸚鵡(あうむ)の籠かごのみ。鸚鵡の名は五郞。背は鼠色、腹は桃色。藝は錺屋(かざりや)の槌(つち)の音と「ナアル」(成程の略)といふ言葉とを眞似るだけなり。

 兩國より人形町(にんぎやうちやう)へ出(い)づる間にいつか孫娘と離れ離れになる。心配なれども探してゐる暇なし。往來の人波。荷物の山。カナリヤの籠を持ちし女を見る。待合の女將かと思はるる服裝。「こちとらに似たものもあると思ひました」といふ。その位の餘裕はあるものと見ゆ。

 鎧橋(よろひばし)に出づ。町の片側は火事なり。その側(がは)に面せるに顏、燒くるかと思ふほど熱かりし由。又何か落つると思へば、電線を被(おほ)ほへる鉛管(えんくわん)の火熱の爲に熔け落つるなり。この邊(へん)より一層人に押され、度たび鸚鵡の籠も潰つぶれずやと思ふ。鸚鵡は始終狂ひまはりて已まず。

 丸の内に出づれば日比谷の空に火事の煙の揚がるを見る。警視廳、帝劇などの燒け居りしならん。やつと楠(くすのき)の銅像のほとりに至る。芝の上に坐りしかど、孫娘のことが氣にかかりてならず。大聲に孫娘の名を呼びつつ、避難民の間を探しまはる。日暮(ひぐれ)。遂に松のかげに橫たはる。隣りは店員數人をつれたる株屋。空は火事の煙の爲、どちらを見てもまつ赤なり。鸚鵡、突然「ナアル」といふ。

 翌日も丸の内一帶より日比谷迄まで、孫娘を探しまはる。「人形町なり兩國なりへ引つ返さうといふ氣は出ませんでした」といふ。午ごろより饑渴(きかつ)を覺ゆること切なり。やむを得ず日比谷の池の水を飮む。孫娘は遂に見つからず。夜は又丸の内の芝の上に橫はる。鸚鵡の籠を枕べに置きつつ、人に盜まれはせぬかと思ふ。日比谷の池の家鴨を食くらへる避難民を見たればなり。空にはなほ火事の明りを見る。

 三日は孫娘を斷念し、新宿の甥を尋ねんとす。櫻田より半藏門に出づるに、新宿も亦燒けたりと聞き、谷中の檀那寺を手賴らばやと思ふ。饑渴愈(いよいよ)甚だし。「五郞を殺すのは厭ですが、おちたら食はうと思ひました」といふ。九段上へ出づる途中、役所の小使らしきものにやつと玄米一合餘りを貰ひ、生のまま嚙み碎きて食す。又つらつら考へれば、鸚鵡の籠を提げたるまま、檀那寺の世話にはなられぬやうなり。卽ち鸚鵡に玄米の殘りを食はせ、九段上の濠端よりこれを放つ。薄暮、谷中の檀那寺に至る。和尙、親切に幾日でもゐろといふ。

 五日の朝、僕の家に來たる。未だ孫娘の行く方(へ)を知らずといふ。意氣な平生(へいせい)のお師匠さんとは思はれぬほど憔悴し居たり。

 附記。新宿の甥の家は燒けざりし由。孫娘は其處に避難し居りし由。

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