甲子夜話續編 卷三 (「続」3―15 高松侯の臣に沼田逸平次と云あり……)
[やぶちゃん注:本話は、先程公開した『曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 高松邸中厩失火之事』(筑後国柳河藩士西原好和(宝暦一〇(一七六〇)年~天保一五(一八四四)年:号は一甫(いっぽ))の発表)を調べるうちに、ここに同じ内容を記したものがあることを知ったので、遙かなフライングであるが、電子化することとした。なお、本巻は目録が本文と異なるため、標題を示すことが出来ないので、以上のような標題とした。リンク先で附した注で判ることは繰り返さないので、そちらを、まずは読まれたい。]
高松侯の臣に沼田逸平次と云あり。馬乘を役として、傍ら好事の人なり。古昔の圖書若干を藏して、己の著書も亦、有り。近年、侯邸の厩より、火を失して燒亡せしとき、初め、火の起りし折、馬添の者、狼狽して爲ん所を知らず。沼田、其子某と共に進で、炎中に入り、侯父子の乘馬に、皆、具を調へ、焰々を脫れ出、侯父子を騎せしめ、邸を立退しむ。因て、侯、危難をまぬかる。沼田、思へらく、『この如き急火、貯る所の物一も焚を免かれじ。』と。途中より、還て、火を視るに、刀箱、烟中に在て、火、既に遍く、木・鐵、皆、燃へ、その間に掛幅の如きもの、有り。忽、思ひ出すは、『是、侯家、常に敬藏する所の神祖の御畫眞歟。』と。廼、火中より引出すに、燒痕、なし。開て見れば、尊容、嚴然として故の如し。人皆、駭かざる者、なかりし、とぞ。
■やぶちゃんの呟き
「爲ん所」「なさんところ」。
「進で」「すすんで」。
「立退しむ」「たちのかしむ」。
「貯る」「をさむる」。
「焚」「やくる」。
「刀箱」藩重宝の名刀を入れた箱であろう。
「神祖の御畫眞」神祖徳川家康公の御真影。「御畫眞」の読みは不明。「おんぐわしん」と一応、読んでおく。
「廼」「すなはち」。
「開て」「ひらきて」。
「駭かざる」「おどろかざる」。