曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 藤代村八歲の女子の子を產みし時の進達書 海棠庵
○兎圖會第二集小話 海棠庵 識
[やぶちゃん注:以下の口達部分の前振りは底本では全体が二字下げ。]
下總國藤代村にて、八歲の女子が、子をうみし事は、あまねく世の人のしるところにはあれど、年經なば、疑感もおこらんかし。よりて、こと、ふりにたれど、余が藩より、公に告げし口達一通を、兎園の集に加へて、實事を永く傳へんとおもふのみ。
文化九年壬申十月十日 御勘定奉行柳生主膳正樣へ口達
土屋洽三郞使者 大村市之允
拙者在所下總國相馬郡藤代村百姓三吉厄害忠藏娘「とや」と申、當中八歲罷成候者、去月十一日曉、出產之處、男子致出生候段、屆出候に付、年頃不相當之儀に御座候間、見分之者、差遣樣子相糺候處、同人儀、文化二丑年五月十一日致出生、四歲之頃より、經水之𢌞り有之候得共、病氣と心得罷在候。然所、去秋の頃より、腹滿之氣味有之、醫師へ爲見候處、「蟲氣にても可有之哉」に申間、腹藥・灸治等、無油斷相用候得共、相替候儀、無御座、當春に相成、彌、致腹滿候に付、種々、致療治候得共、同篇にて、猶又、醫師にも相尋候處、「病氣に相違は有之間敷候得共、萬一、懷胎にても可有之哉、容體難決」段、申聞候。其後、近比に相成、乳も色付、不一、樣子に付、「彌、懷胎に相違も有之間敷」段、醫師申聞候間、右之致用意罷在候處、去月二日夜中より、蟲氣付、翌三日曉、平產、母子共、丈夫にて、乳汁も澤山に有之由、且又、「とや」儀は、年頃より、大柄に相見え候。出生之小兒は、並々之小兒より、產髮、黑長き方に有之、其外は相替候儀無御座候由、申聞候。依之、當人は勿論、兩親初、三吉家内之者、其外、村役人・組合之者へも、委敷相尋候處、「幼少之儀、是は如何と心付候儀も無御座候。尤疑敷風聞等も一向及承不」申候段、一同、申聞、口書・印形、差出申候段、在所役人共より、申越候に付、此段、以使者申述候。
[やぶちゃん注:親は誰よ?
「下總國藤代村」「下總國相馬郡藤代村」現在の茨城県取手市藤代(グーグル・マップ・データ)。
「こと、ふりにたれど」文化九年は一八一二年。本兎園会は文政八(一八二五)年二月八日開催であるから、十三年前の出来事である。
「洽三郞」「かふさぶらう」。
「厄害」不詳不審。姓としては「厄難と災害・厄難による被害」の意でおかしい。判読の誤りか。
「當中八歲」「當(まさ)に八歲に中(あた)り」か。
「四歲之頃より經水之𢌞り有之」満三歳で月経が始まるというのは、あまりに異常である。或いは二重体(「ブラック・ジャック」のピノコのようなケース)か?
「同篇」(どうへん)変化がないこと。
「不一」普通でない。]
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