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2021/08/19

ブログ1,580,000アクセス突破記念 梅崎春生 流年

 

[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年九月・十月合併号の『小説界』に初出。単行本には未収録。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。

 誤解があるといけないので、若い読者のために断っておくが、本作品内の短い冒頭部分での時制は戦前で、「高校」は旧制高校である。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが、つい数秒前、1,580,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021819日 藪野直史】]

 

   流  年

 

 椎野貫十郎は二十歳のときに初恋をした。彼が田舎の高校生のころで、相手は下宿のとなりの家の女医学生であった。思いはだんだんつのって、ついにはその女医学生の姿をちらと見るだけでも、彼は緊迫感のため全身から汗が流れ出るようになった。どうにかしなければならない、と若い貫十郎はかんがえたが、どうにもいい方法が思い浮ばなかった。恋文を書くには文章に自信がなかったし、往来でいきなり話しかけるには、失敗して元も子もなくなる危惧(きぐ)があった。そして彼はやっと彼らしいひとつの方法を思いついた。それは自分の戸籍謄本を女に手渡すことであった。自分がこういうものであるということ、決して怪しいものでないということを、この行為は示すだけでなく、それ以上に、ふかい信愛の念を女に伝えることができるものと、彼は信じた。自らの出生の経緯を知らせること、しかも権威ある公の書類によってそれを示すことほど、適切な信愛の表現が他にあるだろうか。

 そして彼はある夕方、封筒に入れた戸籍謄本を、隣家の門口で女医学生に手渡すことに成功した。門燈をかすめて蝙蝠(こうもり)が飛んでいて、女医学生はどこからか戻ってくるところだった。彼女は不審気な顔でそれを受取ったが、貫十郎はその瞬間、非常に重々しいものが自分を満たしてくるのを感じた。小走りで家の中に入ってゆく女を、彼はへんに緊張した、すこし傲(おご)りの色をうかべた表情で見送っていた。女の姿が見えなくなると、彼は気負ったような、また幾分さびしそうな歩き方で、自分の家にもどってきた。

 しかしこの恋愛は失敗に終った。

 女医学生に手渡した戸籍謄本が、いつの間にか、彼の保証人の教授に回送されていて、彼はその教授に呼びだされて、散々注意をうけたのである。そのあとで教授は、すこし顔をゆるめて、それにしてもどういうつもりであんな物を渡したのか、と彼に訊ねた。自分の気持をうまく説明できそうになかったから、両掌を膝につぎ、うなだれて彼はだまっていた。

 それで彼は女医学生のことはあきらめた。やはり嫌われたのだとは思ったが、あの行為によるためだとは思えなかった。彼はときどき鏡を出して、自分の顔をうつしてみた。色白な顔に、眉毛が茫々とふとく映っていた。眉毛の色は濃いというのではなかった。うすく、幅ひろく、眼の上にかかっていた。この眉の形が、彼のきわだった特徴になっていた。上下を剃りこんで細い眉にすれば、いい形になるかも知れないとも思ったが、彼はそうしなかった。彼の父親も祖父も、同じ眉毛をもっていた。祖父の例をみても、この眉毛は白毛になると見事になるのであった。

 それから十数年経(た)った。兵隊にとられたり、色々なことがあったりして、彼はもう三十歳をこしていた。古本屋をひらいて、その主人になった。初恋のことなど、遠く彼の脳裏からうすれかかっていた。あの頃からみると、身体もすこし肥り、世の中のこともあれこれ判るようになった。店頭に坐っていると、すくなくとも四十歳以上には見えた。まだ独身で、兵隊にいた頃から、酒をすこし飲むようになっていた。酒もべつだん種類をえらばなかったし、場所もどこでもよかった。店を閉じると、彼はよく行き当りばったりに、飲屋に入って飲んだ。酒の量は多くなかったが、酔うと低声で歌をうたう癖がついた。それも歌おうとおもって歌うのではなく、自然と文句が唇に出るからであった。歌は古い歌にかぎられていた。明治時代の、「ああ世は夢か」とか「妻をめとらば」とか、唇にのぼるのはそんな歌詞ばかりだった。それらは皆、子供時分に、家にいた老婢が彼に教えた歌であった。[やぶちゃん注:「ああ世は夢か」サイト「心に残る家族葬」のこちらが異様に詳しく音源動画もある。聴けば、「ああ、あれか。」と誰もが知っているメロディである。原曲は「美はしき天然」或いは「天然の美」という題で、小・中学校で盛んに歌われていた唱歌である。明治三五(一九〇二)年に発表され、作詞は国文学者で詩人の武島羽衣、作曲は佐世保海兵団学長を務めた田中穂積である。但し、この曲の再ヒットが超弩級の猟奇事件(犯人は野口男三郎)と関係があるので、読まれる際には自己責任でお願いする。

「妻をめとらば」「人を戀ふる歌」。与謝野鉄幹作詞・奥好義(おく よしいさ)作曲。通称「若き支那浪人の歌」として、明治・大正・昭和の初期にかけて、特に学生たちを風靡した愛唱歌である。歌詞とミディ音源がこちらから手に入る。]

 彼が民子を初めて見たのも、そんな飲屋の一軒であった。民子は細い身体にゆるやかな上衣を着て、料理場から酒をはこんだり肴(さかな)を持ってきたりしていた。焼跡にたてられた貧しい構えの造りで、軒にあげられた看板は、去年の大風で曲ったままになっていた。二坪ほどの土間で、壁には「氷アズキ」「氷イチゴ」などと書いた紙が剝がれかかって揺れていた。古本市の帰りに、彼は偶然そこに寄ったのであった。

 どこかで見たような顔だと、ちらちら民子を眺めながら飲んでいたが、丁度(ちょうど)二本目を飲み終えたとき、貫十郎は突然おもい当った。それは十数年前の、あの女医学生に似ていたのである。顔立ちの、また身体つきの、どこが似ているというのではない。ただ、ある感じが、この女の身のこなしにあらわれていて、それが彼の胸のなかで、女医学生の記億と突然つながったのであった。思いがけないことだったので、彼は思わず盃(さかずき)をおいて、女の動きをみつめた。料理場に通じるのれんの処に、女はかるく腕を組んで立っていた。ゆるく束ねた毛髪が額にななめにかぶさり、いくぶんきつい感じの眼が彼を見下していた。うすい肩が、裸電燈の光のしたで、稚(おさ)ない影をつくっていた。その感じを胸に手探るように、彼はちょっと瞼を閉じたが、すぐ眼をひらいて、卓を指でたたいた。そして新しくお酒を注文した。新しい酒がくると、それを盃に受けながら、彼は女に聞いた。

「名前は、何というの」

「民子」

 澄んだ、抑揚のない肉声であった。その感じを耳にたしかめながら、彼はかさねて訊ねた。

「そして歳は?」

「十九よ」

 そう言って民子は笑った。断ち切るようなごく短い笑い声であった。あまり短い笑いなので、さげすむような感じが伝わった。徳利をおくと、そのまま民子は彼から離れた。

 十九といえば、あの女医学生もそうだった、と彼は思いながら、民子の方をちらちらと眺めていた。むこうの方の椅子にもたれて、民子は無関心な横顔をみせていた。ときどき立ち上って、料理場へ入ったり、何かもって出てきたりした。光線が民子の顔にかげる具合で、ひどく子供っぽい表情になったり、高慢そうな印象になったりした。灰色がかったゆるやかな上衣で、袖は肩のところでひろく断ちおとしてあったから、ふとしたはずみに鳶色(とびいろ)の脇毛が見えた。女医学生の俤(おもかげ)は彼の記億から消えていたが、あの時の自分の感じは酔いとともに強く、彼の身体によみがえってきた。

 いつもの色のわるい顔が、酒とともにうす赤くなって、幅のひろい眉を動かしながら、彼は盃をなめたり、民子の方をながめたりした。

 いつもより余計酒がはいったが、身体が熱っぽくなるだけで、ほんとに酔ったような気持にはならなかった。そのくせ、眼はちらちらして、帰途を彼はよろめきながらあるいた。その夜、彼は寝つきが悪かった。寝がえりをうつたびに枕が鳴って、いつまでも眠れなかった。

 

 三日経って、彼はその店にふたたび行って酒を飲んだ。それから二日して、また行った。その翌日も、すこし早目の時刻に出かけていった。

 客はまだ誰もきていなかった。なんとなくあたりを見廻しながら彼はいつもの卓にかけた。酒をもってきた民子が、ふと驚いたように言った。

「あら。ほこりのような臭いがするわね。あなた」

 彼は民子の顔を見上げた。民子の顔は無邪気な笑みをきざんで、へんに平たく見えた。

「古本の臭いなんだよ」

「あら。本屋さんなの」

 民子は壁側の椅子にかけて、小指で髪をかきあげる仕草をした。指は細く反って、透き通っていた。

「私も本は好きなのよ。毎晩読むわ」

 赤い造花を頭につけていて、それが民千を子供っぽくみせた。あたりに残った黄昏(たそがれ)の色のせいなのかも知れなかった。盃をふくみながら、彼はぽつりぽつりと話を交した。彼が自分の店の場所を話したとき、民子は短い声をたててそれをさえぎった。

「知ってるわ。曲角から二軒目の家でしょう。ああ。あれがあんたの店なの」

 民子の口調が急になれなれしくなったように思ったが、彼はむしろ荘重な顔になって黙っていた。自分の店さきに、この民子を坐らせることを、ふと彼は思っていたのである。そうするとある重々しいものが、胸を満たしてくるのを彼は感じた。彼はしばらくして言った。

「読みたかったら、貸してあげるよ」

 民子はまた短い笑い声をたてた。この笑い方は彼女の癖であるらしかった。笑い声が急に断(き)れると、民子はかなしそうなぼんやりした顔になるのであった。

 この感じなんだな、と彼は思いながら、つめたくなった酒を唇にはこんだ。女医学生の俤(おもかげ)も、十数年来彼の胸に死んでいたが、このようなかなしそうなぼんやりした感じだけは、確実に尾を引いて彼にのこっていた。民子を見て、似ていると感じたのも、このせいに違いなかった。すると身体が裏がえしになるような遙かな感じが、遠く彼におちてきた。

 逢(あ)うたびにだんだん苦しくなる、と帰り途(みち)に彼はかんがえた。店にいる間は心のどこかが緊張して、すっかり酔い切れない感じなのに、外に一歩出ると酔いが一時に廻って、ひとつことばかり彼は考えているのであった。

「妻をめとらば才たけて……」

 低声でそんなことをぶつぶつ呟(つぶや)きながら、彼はよろよろ歩いた。この五六日、夜の眠りが浅くて、酔いがひどくこたえるのであった。さっき店の中で、この歌を口吟(くちずさ)んだとき、民子がそれを笑った響きが、なお彼の身体にのこっていた。彼の酔態をさげすむような響きも帯びていたが、それはむしろ彼に快よい韻律(いんりつ)となって残っていた。――自分の心が民子にとらえられていることを、彼はそのとき確実に知った。

 

 民子を妻にむかえて店頭に坐らせることを、彼は本気で空想しはじめていた。その気持は一日一日強くなった。

 民子の店へは、彼は一日おき位に出かけて行った。酒をのみながら、ちらちらと彼女を眺めたり、ときには話をしたりした。そして民子の挙止や話し振りを、その度に印象にとどめた。民子の話し振りは、気易くなれなれしい時と、妙に高慢な感じがする時とがあった。またそのふたつを、同時に感じさせる場合もあった。それは民子がまだ稚ないせいだと、彼は思ったりした。民子の内部がまだ熟していなくて、それがそんな形であらわれるものらしかった。――民子の顔もなにか不均衡で、美人とは言えなかった。眼はかたく強すぎたし、顎(あご)のへんが野卑な感じさえうかべていた。それにも拘らず、その全体として民子はつよく彼を引きつけるようであった。引きつけられている自分を理解できないまま、彼は彼女の店にかよっていた。そうしてだんだん彼はくるしくなってきたのであった。

 自分の気持を民子につたえようと考えると、彼は高い飛込台から青ぐろい海を見下すような気分におそわれた。このような甘い切なさは、十数年来彼の情感のなかに死んでいたものであった。古本屋の店に坐っているとぎも、彼はぼんやりして、民子の細い身体のことなどを考えていた。しかしそれを抱く自分は、想像のなかで実感はなかった。彼はときどき店頭にかけられた鏡を横目でにらんだ。幅広い眉をもった肥った顔が、鏡のなかから彼をにらみかえした。中年という言葉がいちばんぴったりするような顔だと思うと、彼はなにかあせる気持で胸がいっぱいになった。そして古雑誌をよみふけっている若い店員を意味もなく叱りつけたりした。

 ある朝、店を店員にまかせて、彼は身仕度して出て行った。区役所の建物の前にくると、立ちどまって入って行った。そして三十分経って出てきたときは、右手に戸籍謄本を持っていた。

 その夕方、彼は民子の店の卓にひとりで坐っていた。客はまだ誰もきていなかった。徳利をもってきた民子は、卓の上にのせられた封筒に、ふと眼をとめた。その封筒からは、和紙を綴った部分がすこしはみ出していた。

「それはなに?」

 民子は酒を注ぎながら聞いた。掌を膝にのせてかけていた彼は、そうなるまいと努力しながら、かえって物々しい口調になって答えた。

「上げるよ。これ」

「本かしら」

 民子は卓から取り上げたが、ちょっとそれを引きだしてみて、失望したような顔をした。

「本じゃないのね。あら、なぜ変な顔してるの」

「君にいちど話したいことがあるが」

 彼はすこし普通の声になって言った。

「どこか外で逢えないかね」

 民子は妙な表情になったが、突然さげすみに似た短い笑い声をたてた。そして自分の笑い声を恥じるように、幾分うす赤くなって、封筒をもったまま、彼の卓から離れて料理場の方に入って行った。

 大風が身体の内を吹きぬけたような気持になって、彼は味のうすい酒を口にふくんだ。それから二三人、油障子を引きあけて、お客が入ってきた。料理場から再び出てきたとき、民子は何でもないような稚ない表情をしていた。それを追う彼の眼は、据傲(きょごう)と寂寥(せきりょう)とをないまぜたような光を帯びていた。ふしぎな力に駆られて、十数年前と同じことをしてしまったことを、彼は考えていた。

 その夜、彼はいつもより一本余計に飲んだ。そして歌もうたわず、割合たしかな足どりで、家へ戻ってきた。

 それから二三日、酒場に行かず、彼は家にじっとしていた。四日目の昼過ぎに、彼が店頭に坐っていると、表の方に人影がして、見ると民子が入って来た。そして民千は本棚のかげから、目顔であいさつをした。

「本を見にきたのよ」

 素直な声でそう言った。それから彼女は本棚を順々に見てあるいた。ただ背文字を見てあるくだけであった。ぐるっと廻って駄本を積みかさねたところへ来ると、今度はひっくりかえして丹念にしらべ始めた。長いことかかって一冊えらびとると、それを彼のところへ持ってきた。

「これ、下さいな」

 受取って見ると、講談本の水戸黄門漫遊記であった。民子は無邪気ににこにこしていた。

「こんな本なら、只であげるよ」

「貰うのはいやだわ。借りるか買うかよ」

「じゃ貸してあげるよ」

 民子の着ているゆるやかな灰色の上衣は昼間見ると古びていて、処々すれているのが眼についた。彼の視線に気づくと、民子は急にきつい眼をした。

「こんな講談本が、好きなのかい」

「講談でも、水戸黄門だけよ」

「どこが好きなのかね」

「どこって――何となく、気持がすっとするのよ。水戸黄門ってえらい人でしょ。それが身分をかくして、いよいよの時まで、じっと辛抱してるでしょう。そんなところなの」

 しやべっているうちに、民子は彼の横に腰をかけた。ふと思いついたような顔をして、彼は言った。

「二三日のうちに、多摩川一緒に行こうか」

「多摩川で何かあるの?」

「何もないけどさ。川を見にゆくんだよ」

 民子はまぶしいような顔になって、彼を見た。そして黙っていたが、急に立ち上って、頭を下げた。

「お店にもいらっしゃいね」

 逆光線になっているので、民子の胸の線がふとしたはずみに透いて見えた。彼は包み紙を出して、水戸黄門漫遊記をていねいにつつんでやった。

 

 それから三日経って、彼等は多摩川に行った。風のつよい日で、遊歩には適当でなかった。だから川から外れて、にぎやかな道をあるいた。

 民子は今日は水色の服を着て、白いバンドを腰にしめていた。残暑という程ではなかったが、あるいていると汗がすこしにじんだ。民子は道をあるくのに、いっこう落着きがなかった。露店をみつけると、寄って行って、しきりにチョコレートや飴を買いたがった。そして買い求めると、ポケットに収めて、少しずつ出して食べた。

 道ばたにデンスケ賭博にむらがっている群があった。そこに足をとめると、民子はなかなか動こうとはしなかった。彼等はしばらく勝負をながめていた。あたしもやってみたい、と民子は彼にささやいたが、彼は聞かないふりをしていた。それから歩き出しても、民子はきょろきょろして、遠足にきた千供のように落着かなかった。[やぶちゃん注:「伝助賭博」移動しやすい台(これを「デンスケ」と呼ぶ)を使って街頭で行うイカサマ博奕。煙草の箱を使う「ピース抜き」・「モヤ返し」、円盤に回転する針を仕掛けておき、その円周上の文字に賭けさせ、針を回して、回転が止まって針の指したところが「当り」となる「ドッコイ・ドッコイ」、そのほか、「モミダマ」・「赤黒」など、多数ある。孰れも手捌きで誤魔化したり、仲間の「サクラ」に「当り」をとらせたり、時には暴力沙汰にも及ぶイカサマ賭博である(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。]

 にぎやかな場所をぬけると、彼等は川の方にあるいて行った。昼をすこし廻っていたから、土堤のかげに、風を避けて弁当をひらいた。遠くの方では川水が光って、子供たちが泳いだり走ったりしているのが見えた。

「あなたの名前は、まるで悪代官なのね。椎野貫十郎だなんて」

 民子の境遇を遠廻しに訊ねかけたとき、民子はそんな事を言い出して笑った。それで彼も黙ってしまった。民千はそれから言葉をついで、この間の水戸黄門漫道記の話を、彼に話してきかせた。そのなかに貫十郎という代官が出てくるというのであった。民子の様子はたのしそうで、笑い声もいつもと違って高かった。その笑い声も、時に調子を外れて、ヒステリックな響きを立てることがあった。

 ――どういうつもりで今日此処にきたのだろう。遠くの河面をながめながら、彼はぼんやりそんなことを考えた。昨夜あの飲屋で、彼は民子に多摩川行きを誘ってみたのであった。そのつもりでは、民子のことをよく知りたいと考えていたのだが、いまは彼は妙に疲労して、勢を失っていた。だから斜面にころがって、後ろ手に頭を支え、河の方を眺めたり眼を閉じたりした。なんだか不安定な感じで、彼は暫(しばら)くそうしていた。女とふたり連れだってあるくことは、彼にも始めてであったが、それがこんなに疲れることとは予想もしていなかった。

 彼の視野のはしに、白いものが見えていた。それは民子の脚であった。民子も彼と同じように斜面に背をもたせて、寝ているらしかった。ときどきその脚はかるく動いて、組合わさったりした。風の音が聞えたり止んだりして、身体ごと、土堤のなかに沈下してゆくような気がした。遙かなむなしい感じが、すこしずつ彼にひろがってきた。

「あなた、お父さんいるの?」

 頭の方から民子のそんな声がした。近くにいるのは判っていても、なんだか遠くから聞えてくるような気がした。実体を失ったような素直な響きであった。

「いない」

 眼を閉じたまま、彼は答えた。

「おやじも、おふくろも、死んでしまった」

「あたしもひとり」

 少し経って民子がそう言った。それからしばらく、彼女は彼が問うままに、自分のことを話した。伯父の家にいたのだけれども、そこを飛び出して、間借りをしていることを、民子はぽつりぽつり話した。その部屋は四畳半で、ぼろぼろなところだということであった。彼は突然、その部屋を見たい衝動にかられた。

「遊びに行ってもいいかい」

「いいわ。きたないところよ」

「今日、いまから――」

 民子はびっくりしたように身体を起したらしく、脚がふいに動いたが、直ぐ短い笑い声が彼におちてきた。へんに乾いたような響きをのこして、それはすぐ止んだ。

 十分の後、彼等は立ち上って、土堤にそって歩いていた。疲れが収まったので、彼もいくぶん元気が出た。河のむこう岸を綺麗(きれい)な色の自動車が走っていたが、彼が指さしてやっても、民子には見えないらしかった。

「あたし眼が悪いのよ。ずっと前から」

「眼鏡かけた方がいいな」

「おお、いやだ」

 民子はわざとらしく、そう言ったが、語調をかえて、

「でも、眼鏡かげた人好きよ」

 そして民子は眼鏡をかけた女流名士の名前を二三挙げた。婦人雑誌ででも覚えたものらしかった。

「あたしも偉くなりたいわ。早く」

「そんな偉くならなくてもいいだろう」

「なりたいわ。馬鹿にされずにすむもの」

「今だって、馬鹿にしやしないだろ、誰も」

 民子は頸(くび)をふった。そして少し冗談めかした口調で言った。

「判らないわ。あなただって、あたしを馬鹿にしてるでしょ。飲屋の女だと思って」

 あとの方は真面目な調子になったので、彼は民子の顔をちらと見た。民子はきつい眼をしていた。

 駅まで来たら、果物屋があって、また民子はいろんなものを食べたがった。そこで林檎などを買って、電車に乗った。電車は混んでいて、自然彼は民子と身体を接して立たねばならなかった。くっついていると、民子の身体は肉が薄くて、ひよわな感じであった。丸いものが当ると思ったら、それは民子が手にした林檎であった。民子は首をまげて、窓の外をながめていた。かなしそうな、ぼんやりした民子の表情が彼の前にあった。虚しい哀憐の情が彼にあった。それは民子をあわれむのか、自分をあわれむのか、彼にもはっきりしなかった。そんな彼等をのせて、吹きぬける風の中を、電車は走って行った。

 民子の家は、ごみごみした家並の、露地の奥にあった。急な階段がついていて、そこは暗かった。民子の部屋は、二階の一間であった。あたりの家も不規則な建て方をしているのを見れば、ここらあたりは震災にも焼け残った地区らしかった。階段をのぼるとき、民子は階下に気がねするように、低い声で、あぶないのよ、とささやいた。

 民子の部屋は畳が古ぼけていて、襖(ふすま)にはいくつもつぎがあたっていた。貧しい調度があって、壁には見覚えのあるあの灰色の上衣がかけてあった。それを見たとき、彼の胸のなかで、民子がぐっと身近に寄ってくるのが感じられた。しかし民子は座布団を彼の方に押しやりながら、彼をここに連れてきたことをちょっと後悔するような表情をした。

「いい部屋だね。まったくいい部屋だ」

 彼はそう言った。そうして四辺(あたり)を見廻した。自分の言った言葉が大して意味はないにも拘らず、重い意味をもつものとして、彼におちてくるのが判った。しばらくいろんな会話をした。つまらない話題ばかりであった。民子は林檎の皮を剝き出した。

「この部屋にいつまでも住んで行く気かね」

「追い立てられてるのよ。ここも」

 民子は林檎の皮をむきながら、そう答えた。ゆるくたばねた髪が額にふさふさとかぶさって、民子はうつむいて一心にナイフを動かしていた。彼は視線を窓の方にむけた。窓は屋根屋根の風景を収めていた。窓硝子のひびの入ったところを、紙片で補綴(ほてつ)してあって、それが次に彼の眼に入った。引きの強い紙らしく、けば立って硝子に貼りついていたが、それに黒いインクで小さな文字が書かれてあった。彼はすこし顔を近づけてその文字を読んだ。

「……宮司村大字拾七番地椎野貫太郎長男トシテ大正参年弐月拾五日出生」[やぶちゃん注:梅崎春生はいい加減に村名をつけたのかも知れないが、梅崎春生の故郷である福岡県に宮司(みやじ)地区がある(全国的に宮地という地名は多いが、宮司はそう多くない)。福岡県福津市宮司があり、その周辺の接する地名の一部にも「宮司」がついている。春生の実家は福岡市内であるが、私はここでは、この地名を採ったもののように感じている。]

 読んでいるうちに、彼の頰は力んだような感じとなり、幅の広い眉のあたりが薄赤くなってきた。それはこの間手渡した戸籍謄本の切れ端にちがいなかった。汚れた硝子に貼りついて、窓の外の風景をさえぎっていた。

「とうとう切れなかったわよ」

 そのとき民子が甲高い声をたてた。民子の小刀から林檎の皮がくるくる巻いて、えんえんと垂れ下っていた。垂れている長さは三尺ほどもあった。民子は邪気のない眼で、うながすように彼を見た。

「僕と結婚しないか」

 とつぜん彼は言った。そしてあわてたように坐りなおして、両手を膝においた。

 民子もびっくりしたように、坐りなおした。林檎の皮は渦を巻いて、畳におちた。ナイフを掌にしたまま、民子は急に短い愚かしい声を立てて笑ったが、笑いやめると、押しひしがれたような惨めな表情になった。

「そんなことなの。どういうこと……」

 彼女は言いかけて口をつぐんだが、ぐっとあかくなった顔を立てて、こんどは早口に言った。

「そんなこと出来ないわ。まだわたしは若いし……それに馬鹿なんだから」

 そう言うと、民子の顔は急に堅く凝った[やぶちゃん注:「こごった」。]ようになり、どこか驕慢(きょうまん)な感じにもなった。

 その顔を見つめながら、彼は頭のなかを流れ去るいろんなものを感じていた。それは形もない、色彩もないものであった。自分がその中で微粒子のような位置にあることを、彼は意識した。彼はどもりながら、さっきの言葉をも一度くりかえした。

 

 二箇月経って、ふたりは結婚した。すると民子はすぐに身ごもって、まもなく子供を産んだ。男の子であった。民子は一日中、おむつを洗ったりお守りをしたり、家の用事をしたりした。忙がしいことには、あまり不平を言わないようであった。貫十郎はその点で民子に満足していた。

 貫十郎は少しまた肥って、時には本を買う客に愛想を言ったりした。酒は相変らず飲んだ。民子はそれにも不平は言わなかった。ふたりとも平凡に満足しているように見えた。

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