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2021/08/22

曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 身代觀音

 

[やぶちゃん注:段落を成形した。発表者は輪池堂。]

   ○身代觀音

 善光寺如來の、百姓幸助が身代にたゝせ給ひし事は、あまねく、しる所なり[やぶちゃん注:「百姓幸助身代り如來の事」。]

 享和年中[やぶちゃん注:文化の前。一八〇一年から一八〇四年まで。]、淺草觀音の影像、身代の事を、きけり。そのさま、幸助が事に、さも、にたり。

 ある田舍人【名所はよく糺すべし。】、靈嚴寺の塔頭に逗留して、日每に江戶見物にいでけるが、七月中、淺草觀世音にまうで、還向[やぶちゃん注:「げかう」。神仏に参詣して帰ること。]して、新吉原の燈籠を見、かヘり、二更[やぶちゃん注:亥の刻。午後九時或いは午後十時からの二時間を指す。]過ぐる頃、歸路に趣きし所、土手にて、酒狂人、有り。白刃を振り、群集の人々、あわて、さわぎけるに、かの田舍人、あやまちて、刃にあたり、たふれふしたり。

 かたへの人は、まさしく、

「殺害。」

と見たり。當人も、

『きられたり。』

と覺えつゝ、倒れて、氣絕しけり。

 そのひまに、酒狂人は、行方しれず、人々、寄りて、是を見るに、刄傷の樣子にも、なし。

「いづ方の人にか。息たえたれば、尋ねとはんやうもなく、とやせん、かくや。」

と、いひあへる折から、一人がいふ、

「この者、晝のほど、觀音境内の何屋といふ茶店にて、見しものなり。」

と、いひければ、

「いでや。」

とて、駕籠にのせて、其家に、つれ行き、

「いづ方の人にか。」

と問ひけるに、茶店のあるじも、

「あからさまに立ちよりし人なれば、住所もしらず。」

といふ。

「こは、いかゞせん。」

と、當惑しける折から、ふと、いき出でたり。

 よつて、其住所をたづねければ、

「そこそこ。」

と、こたふ。すなはち、深川の旅宿に、つれ行きたり。

 宿坊にては、深更に及びてもかへらねば、

「いづこにか、やどりつらん。」

とて、戶かぎをしめて、ねたり。さるに、曉に及びて、音づるゝにより、さしつる戶をあけて、

「たぞ。」

とゝへば、

「某[やぶちゃん注:「なにがし」。]、歸りたり。」

と云ふ。

「いかにして、おそかりし。」

と、いへば、

「しかじか。」

と答ふ。

「『まさしく切られたり』とおもひしかども、身の内に、きず付きし痕も、なし。」

「さらば、尊き守りにても、かけたりや。」[やぶちゃん注:「守り」は「お守り」のこと。]

とゝへば、

「さる物もゝたず。懷中に有る者とては、淺草觀世音の御影のみなり。」

とて、取り出でゝ、ひらき見れば、不思議なるかな、紙にすりし御影、きれて、有り。

「さては。我が身がはりにたゝせ給ひしならん。」

とて、渴仰の淚、おきあへず、頓て[やぶちゃん注:「やがて」。]、上のくだり、ゑがゝせ、ゆゑよしを、しるして、觀音堂の内に揭げて有りしを、享和年中、檜山坦齋、まのあたり見たりといへり。「今はなし」とぞ。

[やぶちゃん注:「檜山坦齋」(ひやま たんさい 安永三(一七七四)年~天保一三(一八四二)年)は国学者。名は義愼(よしちか)。書画の知識が深く、鑑定に優れ、裏千家の千柄菊旦(ちがら きくたん)に学んで、茶人としても知られた。渡辺崋山とも親しかった。]

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