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2021/09/23

譚海 卷之四 同年信州上田領一揆の事

 

[やぶちゃん注:前の「天明三年奥州飢饉、南部餓死物語の事」及びさらにその後の「同年信州淺間山火出て燒る事」に引き続いて、同天明三(一七八三)年に発生した事件記事で、珍しい連投関連記事である。非常に長いものなので、読み易くするために改行を施し(書簡なので一字下げは意識的行わなかった)、句読点・記号も変更・追加した。国立国会図書館デジタルコレクションの国書刊行会本ではここから。]

 

○同年十月廿七日、信州上田の家士香山長琳、來書の寫。

「以別紙貴意候。去月廿九日、武州・上州の百姓騷動仕、安中領板鼻より、段々、富家を打崩、當月二日には當國作[やぶちゃん注:佐久。]郡へ亂入、古靑竹、或は、松明を持候て、村々ヘ入込、一味に相成不ㇾ申候へば、燒拂候段申聞、太き靑竹にてたゝき立候故、不ㇾ得止事作郡の大百姓どもを打潰し、或は放火仕候よし。

當月三日の朝、宿々より、注進有レ之。凡、人數は、四、五萬人も可ㇾ有ㇾ之旨、申來候ゆゑ、此方にても、殊の外、驚き、早速、人數追々指出申候處、人數の程、大方、五、六千人は可ㇾ有ㇾ之段、申聞候ゆゑ、領分境迄、人數指出候積り評儀仕候。

同四日の夜に入、小諸牧野遠江守樣御城下へ押寄候處、御小家ゆゑ、防ぎ兼候て、御通し被ㇾ成候ゆゑ、四日の夜、當御領分へ亂入、三箇村にて、三軒、打潰し、それより、根津領へ罷通り、富家二軒へ投火仕、二人燒死申候。

同日夜の内、上田城下へ押し來申候段、風聞有ㇾ之候ゆゑ、加賀川と申所より壹里先迄、數人指出防申候處、四日には參不ㇾ申候。

五日には矢澤領へ罷越、所々打崩し、夜に入、上田領眞田村・槇尾村にて、富家二軒、燒打に仕、六軒類燒仕候。狼藉なる事、中々、難申盡候。

仍て、當家より追手の方へ、用人壹人、武頭[やぶちゃん注:「ぶがしら」弓組・鉄砲組などを統率する組頭。物頭 (ものがしら) 。]壹人、侍分五十人、足輕百人、内、五十人は鐵炮、五十人は弓、目付壹人、醫師壹人、其外、領分の百姓相加り、千五百人の餘、指出し候。大得川原と申所にて、勢揃仕候節は、領分の百姓共、追々、駈加り、夜分の事ゆゑ、挑燈・松明の光にて、十萬人程にも相見え申候。

扨、又、搦手の方、伊勢山口の方へは、武頭二人、侍分三十人、足輕五十人、目付、醫師、其外、領分の百姓、相加り、千人計にて駈向候處、川久保村と中川原にて賊徒に行あひ、爰にて合戰初り申候。

賊徒は「橋をわたらん」と致し、味方は「橋を渡さじ」と、あらそひ、橋中にて、賊徒の方のもの三人、突伏申候處、賊徒、大に怒て、近寄候ゆゑ、鐵炮、壹度に打候へば、是に驚き、みなみな、にげ散申候。

右、人數は、火をともし不ㇾ申候ゆゑ、いかほどと申事、相知れ不ㇾ申候。誠に眞の闇にて、雨、少々、降申候て、一寸先も見不ㇾ申候。追手・搦手にて八方をとり圍、五十壹人、搦取申候。打捨・切捨も、よほど御座候。川原戰故、川へ、多く、ながれ申候よし。

兼て、他領へは罷越申間敷段、申付有ㇾ之候へども、見懸候敵ゆゑ、追付、うちもらし候分は、其儘に仕置候。晝にて御座候へば、壹人もなく打止可ㇾ申候得共、眞の闇故、夥敷、山林へ、にげ隱れ申候。

當領分へ罷越申候人數、「三千人程、可ㇾ有ㇾ之」よしに御座候へ共、二手にわかれ、上田へ押寄、上下、不ㇾ殘、燒拂申候積りに御座候。

今一時、出勢、遲く候へば、甚、あやうき事に御座候所、右川久保の橋にて、防留申候ゆゑ、壹人も城下へ通し不ㇾ申候。

仍て、城下無難に御座候得共、誠に戰場の有樣、目前に見侍る如くに御座候。

若、城下まで亂入候はば、大合戰に可ㇾ有御座[やぶちゃん注:「大合戰に御座有るべきに」。]、能き場所にて、防ぎ止候ゆゑ、味方、壹人も手疵無御座候。

當領分、三箇村にて、三軒、打崩、二箇村にて六軒、類燒仕候。小諸領にては、十箇村、大百姓共を、不ㇾ殘、打崩し燒拂申候。

其外、當國にても、打崩申候、村・人數は、夥敷、御座候ゆゑ、信濃壹箇國の御大名方、御領分境へ、皆、五百人・千人位づつ、出張有ㇾ之候。

此度の騷動、信濃壹箇國の騷に御座候。當領分にて打留不ㇾ申候へば、直に松本領へ押寄候筈のよしに御座候。

左候はば、段段、勢も相加り、いかやうの大事に及可ㇾ申候所、早速、相鎭り[やぶちゃん注:「あひしづまり」。]、先は安堵仕候。

乍ㇾ去、世上の樣子承候處、甚、六箇敷樣子に座候。此末、いかやうの大事も可ㇾ有レ之候や、難ㇾ計奉ㇾ存候。

且、又、此節、米、直段[やぶちゃん注:「ねだん」。値段。]、古米にて六斗、新米にて六斗七升仕候。騷動前には古米にて八斗五升仕候。

騷動にて、所々の米藏等、燒拂申候ゆゑ、急に高直に罷成申候。

扨々、難澁の年にて御座候。右の荒增[やぶちゃん注:「あらまし」。大体の内容。]申上度[やぶちゃん注:「まうしあげたく」。]、如ㇾ此に御座候。」。

[やぶちゃん注:地名・人物は、今、疲弊しているので、全く注する気になれない。悪しからず。

「武州・上州の百姓騷動」上野・信濃国で起きた百姓一揆「天明上信騒動」。群馬県では「安中騒動」、長野県では「天明騒動」「天明佐久騒動」などと呼ぶ。天明三年の浅間山の噴火による被害と「天明の大飢饉」のダブルで、深刻な食糧不足が発生し、米屋の買占めによる、米不足及び米価高騰によって、まず、中山道の馬子・人夫・駕籠舁き等が中心になって米屋を襲撃する事態が発生し、これを引き金として勢多・群馬両郡下の百姓が主となって「打ち毀(こわ)し」が引き起こされ、それが安中藩領全域に広がり、さらに信濃方面へも押し寄せ、最終的には二千人ほどの規模となって、上田領に及んだが、武力により鎮圧された。]

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