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2021/09/19

曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 由利郡神靈

 

[やぶちゃん注:海棠庵発表。段落を成形した。]

 

   ○由利郡神靈

 羽州秋田【佐竹侯封内。】に、大平山といふあり。鎭坐の神を「三吉大明神」・「三助大明神」と號す。又、土俗、「三助お村」、あるは、「福の神」など唱へ、月の八日・廿一日を緣日とす。

 しかるに、同州由利郡知島領【生駒家封邑。】下村づゝ大琴村の農民惣十郞といふものあり。

 その性質、朴なるが、年ごろ、かの秋田なる三吉明神を信仰しけるに、いぬる文政七年四月七日の夜、あやしき夢を見たり。

 たとへば、一つの山上に、神人、ゐまし、その側に、人、ありて、神人に向ひて、

「日比、信仰なし奉るものは、是にて候。」

と、まうす。

 その時、神人のいはく、

「われ、汝に、さいはひを與ん。いよいよ、怠ること、なかれ。」

と告げ給ふ、と見て、驚き、さめぬ。

 惣十郞、奇異の思をなし、朝、とく、起きて、その妻に、かくものがたり、

「みやしろを建てゝ、祭りなん。」

といへば、妻、答へて、

「さることは、世間の聞えもいかゞあらん。心にて、仰尊み給へ。」

といふ。

 その夜、又、妻が見し夢、夫に、つゆ、違はざりければ、始めてその靈夢なるを語り、相共に謀りて、神祠を營まんとするに、

「夢中に見し處、惣十郞が本家なる大琴村【本庄龜田矢島の界。】の農民某が家の、後の山に彷彿たり。」

とて、先づ、試に、餠をつきて、供しけるに、しるしありて、牙のあとめきたるもの、付きてあり。されば、

「此處こそ、神慮に叶ひつれ。」

とて、いちはやく、みやしろを作りはじめしに、不思議なるは、その日より、はや、詣來る人、あり。

 全く、秋田なる大平山より、神の移り給ふなるベし。

 かくて、靈驗、日々にいちじるく、響の、物に應ずる如し。

 矢島にて、女を携へ走りしものを、立願せしに、おのれと、かへり來つ。

 或は、腰の立たざるもの、人に扶けられて詣でけるに、歸りには、獨步行く[やぶちゃん注:「ひとりありきゆく」或いは「ひとりありく」と訓じておく。]やうになり、又、某といふもの、

「立願の事ありて、成就せば、餠を備へまゐらせん。」

と、いひながら、その事、成就したれども、得備へざりければ、忽、それが苗代を、一夜に流されて、跡なく、なりし。

 その崇も亦、速なれば、一人として、おそれ尊まぬものも、なし。

 近邊は、さらなり、諸國より、日每に、三、四百人づゝ參詣羣集して、さしもの邊鄙、市をなし、彼惣十郞は、別當して、自[やぶちゃん注:「おのづと」。]、富を得ること、大かたならずなん。

 右一條の話は、當六月中旬、生駒家【矢島領主。】[やぶちゃん注:二行割注。]の臣に、助川龍造に、見も、聞きも、しつるなり。

「浮きたることにはあらず。」

とて、同人のかたりしまゝを、しるすにこそ。

[やぶちゃん注:「大平山」ここ(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。標高千百七十メートル。古くから山岳信仰の対象で、嘗ては女人禁制であったことが知られている。現在、太平山三吉神社(たいへいざんみよしじんじゃ)の里宮が麓に、山頂に奥宮がある。祭神は大己貴大神・少彦名大神・三吉霊神(みよしのおおかみ)を祀る。三吉霊神は、太平の城主藤原三吉(鶴寿丸)が神格化されたと社伝にはあるが、基本的には古くからの山岳信仰による神であり、力・勝負・破邪顕正を司る神という。社伝によれば白鳳二(六七三)年に役小角が創建したとされ、その後、延暦二〇(八〇一)年には、征夷大将軍坂上田村麻呂が戦勝を祈願して社殿を建立し、鏑矢を奉納したという。中世を通じて、薬師如来を本地仏とする修験道の霊場として崇敬され、近世には秋田藩主佐竹氏からも社領を寄進され、現在の里宮は第八代曙山佐竹義敦の建立である。現在も東北地方を中心として、全国に三吉神社が祀られ、「太平山講」・「三吉講」も広く分布している(以上はウィキの同神社の記載に拠った)。

「由利郡知島領【生駒家封邑。】下村づゝ大琴村」現在の秋田県由利本荘市東由利宿大琴か。「下村づゝ」は不詳。大平山は、しかし、ここから、ほぼ北へ五十四キロメートルも離れる(別段、それは奇異ではないけれども)。後で「惣十郞が本家なる大琴村【本庄龜田矢島の界。】」とは異なるということになるのだが(松本清張の「砂の器」犯人が偽装手段として使う秋田県由利本荘市岩城亀田亀田町はここであるが、前の大琴とはえらく離れており、「矢島」という地名も周囲には見あたらない)、凡そ繋がりが想像出来ない。「知島領【生駒家封邑。】」「生駒家【矢島領主。】」というのは、ウィキの「矢島藩」によれば、江戸初期に讃岐国高松藩(十七万千八百石)の藩主生駒高俊が家中不取締を理由に領地を没収され、堪忍料として矢島一万石(現在の秋田県由利本荘市矢島町。ここは先の由利宿大琴からは南西に十一キロメートルほどで近い)を与えられたが、さらに高俊の嫡男高清が弟の俊明に二千石を分知したため、以降の生駒氏は八千石の交代寄合(最初は江戸詰交代寄合表御礼衆)となり、以降幕末まで江戸定府であったとあるから、この「知島領」というのは、まずは「知」と「矢」で、「矢島領」の誤記の可能性が高いとは思うのだが、これらの地名の関係性が私にはどうもよく判らない。

「文政七年」一八二四年。

「矢島にて、女を携へ走りしものを、立願せしに、おのれと、かへり來つ」「矢島の者で、ある女と駆落ちした者があったが、その男の帰村を祈願したところが、その男、自分から村へ帰って来た。」という意か。]

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