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2021/09/07

曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 町火消人足和睦の話

 

   ○町火消人足和睦の話

いぬる文政元年[やぶちゃん注:一八一八年。]の秋八月、町火消人足を組、「ち」組喧嘩の和談のありさまを書けるものを見しに、いとおごそかなる事にて、いにしへ戰國の講和もかくやありけんと、自笑してしるす事、左の如し。

  文政元寅八月廿二日、向、兩國三河屋喜右衞門貸座敷において、

一膳部、相濟候後、座敷を掃除、

[やぶちゃん注:以下、底本は二段組であるが、一段で示し、長い説明はブラウザの不具合を考え、改行した。]

 壱 番  進物の札を張り、

 弐 番  總中座に着き、

 三 番  座敷の襖をはづし、

 四 番  座敷の眞中に花莞莚を敷き、

[やぶちゃん注:「花莞莚」「くわくわんえん」。花莚(はなむしろ)。]

 五 番  熨斗三方を持出づ。

 六 番  甁子を持出づ。

 七 番  三方喰摘を持出づ。

[やぶちゃん注:「三方喰摘」「さんばうくひつみ」。「三方」は角形の折敷(おしき)に前と左右との三方に「刳形(くりかた)」もしくは「眼象(げんしょう)」と呼ばれる透かし穴のあいた台のついたもの。多くは檜の白木で作られ、古くは食事をする台に用いたが、後には神仏や貴人へ物を供したり、儀式の時に物を載せるのに用いる具。衝重(ついがさね)の一種。「三宝」とも書く。「喰摘」は本来は年賀の客を供応するための重詰料理のこと。]

 八 番  三方土器を持出づ。

 九 番  銚子を持出づ。

      平次郞

      淸吉

 十 番  巳之助、座に着く。

      長藏

      長次郞

 十一番  巳之助、上座に進み、

      和睦之口上を述ぶる。

      その等、一統、一禮畢りて、

      巳之助、元の座に直る。

 十二番  熨斗三方、上座に進み、

 十三番  甁子・喰摘・土器、上座に進み、

 十四番  巳之助、上座に進み、一禮有之、

      懐中より、書付を出だし、

      「を」組の千松樣、

      「ち」組の藤兵衞樣、

      と呼び出だし、座に着く。

      一禮有之、巳之助、座に直る。

 十五番  三方役の者、土器を持ち出だし、

      「を」組の頭取平次郞、

      淸吉方へ持ち出づる。

      三方役之者、土器を持ち出だし、

      「ち」組の頭取長次郞、

      長藏方へ、持ち出づる。

      何れも一所なり。

 十六番  銚子を持ち出だし、

      「を」組の平次郞方へ參り、

      同人、一獻給、

      「ち」組の纒持藤兵衞へ持ち出づる。

     同人、一獻給候節、肴役の者、

     喰摘を持ち出で、肴を遣す。

     又、「ち」組の長次郞給候盃は、

     「を」組の纏持千松へ遣す。

     同人給候節、肴役の者、

     喰摘を持ち出だし、肴を遣す。

     三獻給候て、銚子・土器・喰摘、

     何れも、元の座に直る。

     夫より、藤兵衞、千松、元の座へ直る。

[やぶちゃん注:「纏持」「まとひもち」。火消しのシンボルを振り上げる名誉な役である。]

十七番  巳之助、上座に出で、

     懷中より、書付を出だし、

     『「を」組の吉五郞樣、

     「ち」組の幸次郞樣。』

     と、呼び出だし、

     兩人、圖の如く、座に着き、

     一禮畢りて、巳之助、元の座に直る。

十八番  三方役之者、土器を持ち出だし、

     「を」組の平次方へ持ち參る。

     同人、一獻給候盃は、

     「ち」組の幸次方へ遣す。

     同人、一獻給候節、肴役之者、

     喰摘を持ち出だし、肴を遣す。

     又、「ち」組の長次郞給候盃は、

     「を」組の吉五郞へ遣す。

     同人、一獻給候節、肴役之者、

     喰摘を持ち出だし、肴を遣す。

     三獻給候て、銚子・土器・喰摘、

     何れも、元の座に直る。

     夫より、兩人、一禮畢りて、元座に着く。

十九番  巳之助、上座に罷出で、

     懷中より、書付を出だし、

     『「を」組の榮五郞樣、

     「ち」組の長藏樣。』と、呼び出だし、

     兩人、圖の如く、座に着き、

     一禮畢りて、巳之助、元座に直る。

二十番  三方役之者、土器を持ち出だし、

     「を」組の平次郞方へ持ち參る。

     同人、一獻給候盃は、

     「ち」組の長藏方へ遣す。

     同人、一獻給候節、看役之者、

     喰摘を持ち出だし、肴、遣す。

     又、「ち」組の長次郞一獻給候盃は、

     「を」組の榮五郞へ遣す。

     同人、一獻給候節、喰摘致候者、

     喰摘を持ち出だし、肴を遣す。

     右、三獻相濟候て、

     銚子・土器・喰摘、引き取り、

     夫より、兩人一禮畢りて、元座に直る。

 廿一番 巳之助、上座に進み、

     懷中より、書付を出だし、口上にて、

     「御銘々御盃事仕候筈に御座候得共、

     御大勢之事故、時刻も移り候間、

     餘は、いかゞ仕哉。」

     と、挨拶に及候處、

     一統、「思召に隨ひ候。」と、

     返答に及び、夫より、一禮畢りて、

     已之助、元座に直り、

     長次郞・平次郞と申談候て、

     又候、上座に進み、

     「何れも樣、吉日に付、

     御和談も、盃も、首尾能相濟候に付、

     御總中樣へ、御手打を願候。」

     と、及挨拶候所、

     一統、「承知。」にて、一禮致し、

     夫より、已之助、元座に直り候而、

     三々九之手打、目出度相濟申候。

[やぶちゃん注:「又候」「またぞろ」。]

 廿二番 巳之助、上座に罷出、

     「何れも樣、遠路之所、御來罵被成下、

     御苦勞千萬に奉存候。依之、御座も和

     き、ゆるゆる、御酒宴可被下。」

     と及挨拶、巳之助、元座に直る。

 廿三番 熨斗三方・甁子・土器・銚子・喰摘、

     兩方、一所に引き取る。

 廿四番 花莞菰を引き取り、

     「を」組・「ち」組と書候張札を取り、

     夫より、巳之劫・淸吉・平次郞・

     長次郞・長藏、何れも、

     下座へ引き取り候。

 廿五番 是より、又候、座敷を掃除致し、

     肴・銚子・盃、出でゝ、酒宴、初まる。

     此節、巳之助・淸吉・長藏・

     長次郞・平次郞、其外、

     仲人に罷出候人々の内より、

     四、五人も座敷へ罷出、

     「何れも樣、今日は吉日に付、

     御和談・手打も無滯相濟、依之、

     ゆるゆる、御酒宴可被下候。」

     と、及挨拶候而、

     何れも、下座敷へ引取候。

[やぶちゃん注:以下、底本では「一」のみが行頭で、他は総て一字下げ。「一」の後は字空けをした。]

此節、阿部川町文吉といふ者、「和談・手打にも、首尾能相濟候に付、私共拾人計、南御番所へ罷出候間、此跡は酒宴計にて別に相替殼無之に付、拙者共歸り可申。」旨、及挨拶候。

一 其節、「を」組世話人與三郞・十番組頭取萬五郞・仙之助・淸五郞・八番組頭取孫市・九番組頭取吉五郞、右、六人之者、咄申候は、「此度之和談は、近年、覺無之、大場所にて、江戸中にもれ候所は、深川八幡前・芝・麻布堺ばかり相殘り、其外、江戶中、千住・品川・染井。巢鴨邊之組合にて、誠に心遣成る和談に御座候。其譯は、今日、三獻盃之内に、盃之取樣、肴の請樣、亦は看役、銚子役之者、酌み取樣、肴之摘樣、不限何事、前後有之歟。又は、世話人・中人・巳之助、盃之口上に、少しも前後間違等有之候節は、其場所にて和睦破談に相成大變之基故、銘々迄、三獻之盃事、相濟不申内者、誠に、ひや汗を流し、心配、此上もなき事に御座候。先年も和談之節、盃取遣りに、少々、麁略、有之に付、其和談之場にて直樣、破談・喧嘩に相成事も有之、其節は組合も不足之事故、格別之事も無之候へ共、此度は、和談、近年覺無之大揚所にて、誠に仲人初、頭取之銘々迄、心配之段、申盡しがたく候。三獻盃之内は、敵・味方、列座の面々、目を皿の如く致し、麁略・間違等計、氣を付居候事に候。誠に恐しき事に御座候。今日の人數も、帳場に祝儀を差出し、帳面へ相記候人數、千六百四十八人程、有之、然共、雨天に付、遠方之者は祝儀一通りにて、仲間へ相賴罷歸候者も、五、六百人、有之、手打相濟候迄相詰居候者は、二階座敷に六百人餘、下座敷に弐百人餘、奧の間に老人共、七、八十人、詰居候。都合、九百人餘之人數に御座候。誠に近年不承和談に御座候。駕も、四、五十挺も、三河屋之前に有之、右之趣、具に十番組頭取萬五郞に、六人之者はなしに御座候。」。

一 先達、右喧嘩の節、手負之者、有之に付、根津・音羽兩所之遊所より、金拾三兩、幷、堂前より、金七兩貳分、「あたけ」より金五兩、右「見舞」として進上致度趣、内々、聞合申入候に付、此方、頭取・世話人共より。存つき之處、至極尤之段、忝趣を、申遣候之處、早速、樽・肴に、金子差添、世話人方迄、致持參候に付、受取申候。都て、火消組之内に、喧嘩に不限、混雜之事、有之候節は、江戸中之遊所より、「見舞」として、樽・肴・金子等、差越事、今日之和談とても、右同樣、此方より、頭取・世話人方へ、内々、申入、江戶中之遊所より、樽・肴・金子等、祝儀、差越候へ共、是等之事は、今日、張札に不相成候事に候。右之趣、八番組頭取孫市・九番同吉五郞・十番組同仙之助・阿部川町同與三郞、右、四人のはなしに御座候。

一 今日、和談に打寄候年寄・仲人・世話人・頭取共之衣裳は、八丈之「せいひつ縞」[やぶちゃん注:「靜謐縞」か。落ち着いた縞模様に織ったものか。]などの袷、或は單物、又は龍紋袷、羽織は絽の紋付など、「なゝこ」[やぶちゃん注:「斜子織」(ななこおり)。経緯(たてよこ)に七本の撚糸を使ったことから出た名で、「七子織」とも称した。また布面が魚卵のように見えることから「魚子織」、糸が並んで組み織りされので「並子織」とも称すとされる。本来は絹織物の一種で、古くは京斜子・武州斜子(川越斜子・飯能斜子)・桐生斜子・信州更級・越後五泉や、岐阜川島産のもの有名であった。主に羽織・着尺地(きしゃくじ:大人用の着物一枚を作るのに要する布地。布幅約三十六センチメートルの並幅で、長さは約十二メートルを一反として市販される)に使われたが、現在は見られない。以上は平凡社「世界大百科事典」他に拠った。]・龍紋抔にて、帶は「縞はかた」・薩摩琥珀。厚板[やぶちゃん注:厚い地の織物。経(たていと)は練糸、緯(よこいと)は生糸を用いて、地紋を織り出した絹織物。]類に御座候。纒持は紫縮緬、「黃ちりめん」の單物、せなかに「纒」と云ふ字をぬひ付け、帶は、何れも、天鵞絨[やぶちゃん注:「びろうど」。]に御座候。其外、「紫ちりめん」・「黃縮緬」・「びろうど」の帶を致候もの、弐、三百人も相見え候。其外、所持之「きせる」・烟草粉入[やぶちゃん注:「たばこいれ」。]・紙入等は、何れも、金五、六兩共、相見え候品計に御座候。尤側に居候を見請候人の咄に、阿部川町與三郞、「り」組の長治など、所持之多葉粉入は、「くさり」計にても。五、六兩も可致品と相見え申候。

一 十番組の頭取萬五郞・仙之前・淸五郞・八番組頭取孫市・九番組頭取古五郞、右、いづれもはなし候は、「右、喧嘩之相手方「ち」組の怪我人、廿人、内、二人は卽死にも可相成と申もの、纏持藤兵衞・幸次、「を」組の怪我人、十三人、内、纏持卯之助、幸吉と申。右、幸吉、『「ち」組の藤兵衞、快方無之、死去致候節者、不得已事、此方、纏持幸吉、解死人[やぶちゃん注:「げしにん」。殺人犯。]に可相成。』段、幸吉、是を申居候。然處、怪我は、少々、疵も宜候得共、餘病之發り候處、先役之卯之助十人を、組總中へ願出候は、『此度之解死人、幸吉儀は、當り前之處に御座候得共、同人義は御存知之通り若年者之事、殊に此節、餘病差發り候事故、只今、解死人之取沙汰、格別之心勞致させ候も、私、先役にて外組へ對し、『相濟不申候間、何分、解死人には私に相究り候樣に。』と、卯之助、達而、申入候得共、解死人之事故、容易ならず、組中一統、卯之助へ申聞候は、『願之趣、尤に候得共、此度之義は、幸吉、解死人と相極り候間、此段、左樣可相心得候』と申候處、又候、卯之助申出候者、『被仰候處御尤には候得共、幸吉儀も餘病も有之、萬一病死等什候節は、跡にて解死人之取沙汰、江戸中へ對し、外聞不宜候。名前にも相拘り候間、何分、解死人は拙者に御極め被下候樣。』、達て之願に付、又候、一統仲間申談、卯之助、心底に任せ、「ち」組之方へ、卯之助、解死人之趣、相屆置候。然處、手負人も快方に相成、今日、和談之場所へ相詰合候得共、座敷之式へ列座に出し候ては、盃事、何か手事も相懸候間、其内には麁略・間違等も有之節は、又候、破談喧嘩之元と相成候故、元之場所へ取出だし不申候。總代として、圖の如く、「を」組より、榮五郞、「ち」組より、長藏、兩人、差出だし手打相濟候。尤壱番盃に相出でし「ち」組の纏持藤兵衞と申者は、喧嘩の節に、「を」組之纏持幸吉に、鳶口を、左之鬢先へ刺し倒され、弐間[やぶちゃん注:三メートル半強。]程、引かれし由、誠に疵も大造にて、既に卽死に可成程之事に候處、快方いたし、今日、手打に相成り、誠に安心致し候。右、萬五郞・千之助・淸五郞・與三郞、咄に御座候。段々、喧嘩の樣子・手負之者、左之咄、承り候へば、身の毛も動き候樣なるこゝち恐ろしき事に御座候。

[やぶちゃん注:鍵括弧はあまり自信がない。]

一 向兩國、三河屋喜右衞門二階座敷和談之場所、長さ十二間[やぶちゃん注:二十二メートル弱。]、幅五間[やぶちゃん注:約九メートル。]、片々、壱間之長通り、有之、八疊敷十二間に仕切り・中仕切、有之、何れも襖なり。

一 八月二十二日朝五時[やぶちゃん注:不定時法で凡そ午前八時頃。]より、段々、三河屋へ打寄、手打、相濟み、刻限者、夕七時[やぶちゃん注:同前で午後七時頃。]頃に御座候。

  右、座敷繪圖面、左の如し。

 

Hikesiteutinozu

 

[やぶちゃん注:底本からトリミング補正した。上部のキャプションは、

文政元年八月廿二日

向両國三河屋

㐂右エ門儀へ坐成、以

有之「を」組・「ち」組

喧嘩和談席

上の図

 會合人数

 千六百四十八人

である。図中のキャプションは煩瑣なので、電子化しない。悪しからず。]

 

前條に載する所の、「を」組の纏持卯之助が、幸吉とかいふものに代りて、解死人にならんと請ひし事、匹夫の勇には似たれども、取るべきところなきにあらず。難にのぞみて、死を惜まざる勇氣は、をさをさ、武夫といふとも、及ばざるもの、多かり。もし、よく、この志をもて、義を求め、道を聽き、君父の大事に出でしめば、名を竹帛に書すに足るべし。わづかの爭鬪に生命をあやまらんとす、獄をしからずや。

  文政乙酉五月朔      海棠庵再識

[やぶちゃん注:これ、私にはなかなか面白い「手打ち」の記録であった。]

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