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2021/10/02

曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 婦女產石像

 

[やぶちゃん注:「婦女產石像」は「婦女、石像を產む」。後半は「貞享四年官令」とある全く関係ない追加附記であり(孰れも海棠庵発表)、こちらには個人的に強い興味が働き、注も詳しく附したので、特異的に分離する。]

 

   ○婦女產石像

信州佐久郡北澤村名主惣兵衞、申上候。村内に字入作[やぶちゃん注:「あざ、『いりさく』」。]に、鎭守「胸形[やぶちゃん注:「むなかた」。]大明神」者、五間[やぶちゃん注:九・〇九メートル。]四方の生石[やぶちゃん注:「なまいし」と読んでおく。人間の手が加えられていない自然石の意であろう。]にて御座候。往古より、都て[やぶちゃん注:「すべて」。]鄕村に凶難等、靈夢之告、有之。又は流行之病難有之節は、捧幣帛候へば、自然と相除候故、隣村迄、擧て鎭守と崇奉り罷在候。然る處、私妻「みち」儀、子、無之を相歎き、密に廿一日之間、大明神へ每夜參籠、御祈願を籠候[やぶちゃん注:「こめさふらう」。]。私には一切相隱し有之、去未年[やぶちゃん注:「さるひつじどし」。文化八(一八一一)年。]、姙娠之分け[やぶちゃん注:「分」(わか)「り」の誤判読ではなかろうか?]、前書之事共、申聞候に付、驚入、醫師へ相掛け見せ候處、全、懷姙に相違無之由申し候に付、介抱仕、十ケ月に及候へ共、出產不仕、十二ケ月に至り、當五月十一日安產仕候に付、親類一同歡、見受候處、五體相揃、石像にて、丈け一尺二寸五分[やぶちゃん注:三十七・八七センチメートル。]、面上、靑み、聢と[やぶちゃん注:「しかと」。]相分り、手足腹脊共、薄赤く、何共恐怖仕候。難捨置御訴申上候。何卒御慈悲を以、御檢使被成下度奉願候。以上。

 文化九年申五月十三日 信州佐久郡北澤村

             名主 惣 兵 衞

             年寄 與次右衞門

        杉庄兵衞樣御役所

右兩條は、これを雜記中に得たり。

 文政乙酉八月朔      海 棠 庵 記

[やぶちゃん注:最後の署名部はクレジット・村名の下方に配されてあるが、ブログのブラウザでは不具合を生ずるので改行して引き上げた。

「信州佐久郡北澤村」「今昔マップ」で旧「北澤」が確認出来る。ここは現在の長野県南佐久郡佐久穂町高野町内の北部分に相当する。リンク先のグーグル・マップ・データ(以下同じ)と合わせてまず確認されたい。「入作」の字地名は確認出来ない。さらに、「鎭守」とする「胸形大明神」なるものは確認出来ない。一つ、私が考えるのは、ここにある諏訪神社である。南西方向に幾つかに峰を越えるものの、南西四十キロメートルに諏訪大社があり、この佐久郡にも多くの諏訪神社がある。諏訪大社の祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)であるが、この神名の由来説の一つには宗像(むなかた)の転訛説があり、それを認めずとも、「たけみなかた」の発音は容易に(学術的にではなく、平俗の民の言語感覚の中で、である)「むなかた」に転化し易いことは自明であり、おぞましい明治の廃仏毀釈や合祀令などに於いては、ごく古い産土神であっても、「諏訪神社」と称するのが、生き残りには都合が良かったはずだからである。しかも、この附近には、本篇の内容と異様に親和性がある興味深い縄文の遺物が、ごくごく近く(高野町の諏訪神社の東南東二百メートル)にあるのである。「北沢大石棒」がそれである。サイド・パネルのこちらの写真で高さが判るが、これは現在知られている陽物崇拝の陽石としては、サイズに於いて日本最大のものである。当該ウィキによれば、この『北沢大石棒(きたざわだいせきぼう)は、長野県南佐久郡佐久穂町を流れる北沢川から出土し』、『同町高野町上北沢』一四三三の田の畔に『保存されている石棒』で、『北沢の大石棒、北沢川(の)大石棒ともいう』。『縄文時代中期後半に、当地から産出した佐久石(志賀溶結凝灰岩)を用いて作られた』、明白な陽物崇拝の人工的に削られた象徴石『で、全長』は二・二三センチメートルもあり、直径も二十五センチメートルで、『この種の遺物としては日本一の大きさである』。『佐久穂町指定文化財(有形文化財)に指定されて』いるとし、『石棒が製作され』たのは、研究によって『縄文時代中期後半』とされており、大正八(一九一九)年に、『北沢川改修工事により出土』し、その時、『貴重なものと考えた高見沢伊重が、自分の田の畦に立て、保護したと伝えられる』とある(ということは、即ち、出現当時は公的には何ら注目されず保護もされていなかったのである!)。昭和五七(一九八二)年になって、やっと『町の文化財に指定するため、一旦』、『掘り出し、補強工事が行われた。その際』、『大きさの測定と、地中部分の実見が行われ』、二年後に『町指定文化財に指定』するという為体だ! 私はこの北沢大石棒と、本篇の内容の恐るべき親和性どころではない感応性を考えるに、これは偶然ではないと考えるものである。河川の保全は江戸時代の農民にとっては、厄介であると同時に、必要不可欠なものであった。されば、この北沢大石棒は実はずっと以前からこの辺りでは知られていたのではなかったか? しかし、ある時、お堅い検視役人辺りが目にとめてしまったか、或いは学者見たようなある代の名主が、「淫祠邪教の類いの汚らわしい遺物だ」と断じて、村人らに埋めるように命じたのではなかったか? 本篇は偶然とするには凡そ揃いに揃い過ぎて、私は、その事実にこそ、慄然とするからである。背後にそうした真相を考えてみて、始めて、気持ちが落ち着くのである。だいたいからして、この本文あるように、「五間四方」もある、ただただ巨大な四角い「生石」が広域の産土神として崇拝されていただけならば、その石は明治以降も生き残っていたはずであり、今もあって何らおかしくない。せめて、痕跡や伝承があるはずである。こんな山深い場所で、わざわざただの大石を完膚なきまでに粉砕し、痕跡さえも一切残さないように処理したということの方が、逆に目的も何もかも、信じ難いことであると私は思うのである。実はこの「みち」が参籠したのは、この「北沢大石棒」を祀った社ではなかったか? 而して、まさに、この異常出産の検分に来た役人が、これらの事態をゆゆしきものと捉え、「大石棒」を見てその形のまがまがしきに嫌悪し、埋めてしまうように指示したのではなかったか? あまりに小説的かね? 大方の御叱正を俟とう。

「五體相揃、石像にて、丈け一尺二寸五分、面上、靑み、聢と相分り、手足腹脊共、薄赤く、何共恐怖仕候」私は、これは卵巣に出来た腫瘍「卵巣嚢腫」の一種で、内部に脂肪・髪の毛・歯などが溜まった腫瘍であって、これは実は全卵巣腫瘍の十五%から二十五%を占め、あらゆる年代に見られるが、二十代から四十代に多く発症し、時には妊娠が契機となって発見されることも少なくない(ここまでは「横浜総合病院 婦人科内視鏡手術センター」の「卵巣腫瘍」の記載に拠った)「成熟嚢胞性奇形腫(皮様嚢腫)」の一種ではないかと考える(但し、角質化した被膜に覆われて、しかも胎児としての全形を保持しているというのは、稀であろう。ただ、胎児の奇形例は我々が想像している以上に、よく見られるものであるらしい)。以下、非常に判り易く解説されておられる「原三信病院」公式サイト内の婦人科片岡惠子先生の「原三信病院婦人科便り25  卵巣嚢腫①」から引用する。一部の半角箇所(読点などもある)が読み難いので全角に代えた。

   《引用開始》

卵巣嚢腫と一口に言っても種類が色々千差万別です。

一般に、卵巣腫瘍=悪性もしくは境界悪性、良性も含んで卵巣に何か出来ている卵巣嚢腫=良性のみ、卵巣腫瘤=悪性がより疑わしい、と何となく日本語を使い分けています。がんやそれに準じるモノというのは形の中に固形物を多く含みます。それに比較して、良性のモノは形状が「袋の中に何か詰まっている」という見え方をするため、こういった使い分けをしています。厳密に言葉を選んでいるわけではないので、いちいち反応しなくてもいいことですが、いわゆる業界人同士でおおよそのニュアンスを伝え合うのに便利ですね。

で、私が得意専門なのは「良性の、卵巣嚢腫」です。

袋の中身によって、

① 脂肪、毛髪、皮膚、骨など

② 水や粘液などの液体

③ チョコレート色の液体(血液)

に分けられます。

今回は①の皮様嚢腫についてお話し。

皮様嚢腫は産婦人科でよく使われる言葉ですが、他の、例えば病理の先生なんかは「奇形種」という名前を使います。

でも「奇形」って聞こえがなんとなく悪い。とその昔、産婦人科の偉い先生が思ったとか思わなかったとかで産婦人科だけがこの名前をどうも使用しているもよう。

要は「皮膚のような嚢胞」というのが名前の由来で、中身は人間の外側をくるむモノが入っています。脂肪、毛髪、皮膚、骨、歯、目など。

卵巣には未熟な細胞、つまり卵子がてんこ盛りで詰まっているため、何かしらの刺激が来ると作りやすいモノを作ってしまうようなのです。この「何かしらの刺激」が何か、なのはよく分かっていません。分かっているのは悪性じゃないけど出来やすいってことと(つまり取ってもまた再発しちゃう)、どうも出来やすい家系があるってことでしょうか。

3人姉妹全員の手術をしたこともあります。

皮様嚢腫で有名なのは手塚治虫大先生著作、ブラックジャック[やぶちゃん注:正式には「ブラック・ジャック」。]に出演している助手のピノコちゃんですね。

彼女はさるやんごとない身分の女性の身にできていた「できもの」で、実は双子の片割れで、ブラックジャックは切除を頼まれるわけです。「できもの」の中には「ひとそろいの人間の体のパーツ」が入っていて、彼は組み立て、体を動かすのに必要な手足をつくってピノコちゃんにする・・・という設定でした。

いや、あくまで漫画ですから。飛躍と無理はあります。

ただ実際「人間のパーツがひとそろい入っていた」という報告は世界に2例ほどあるそうな。組み立ててみてはいないと思いますが。

一般的には「比較的つくりやすいモノ=脂肪、毛髪、皮膚、歯、目(白目)」が入っていて、その他の難しいパーツは入っていないことがほとんどです。ちなみに、日本人はほとんどが黒髪。アメリカ人とベルギー人の手術の担当をしたことがあるんですけど、彼らの場合は金髪だった。どうでもいいい情報でしたね。

皮様嚢腫、私が研修医の頃(遠い目)はまだお腹をざっくり開けて手術をすることも日常茶飯事でしたが、現在はほぼ、よほどの理由がなければ腹腔鏡手術でされている施設が多いようです。閉経前の患者さんだと嚢胞(中身)の部分だけ摘出して外側の正常の卵巣部分は残す方針(=嚢腫摘出)でいきます。

この場合、問題になるのはやはり「再発」です。

嚢腫だけ摘出して、もうこの病気とはおさらばできればいいのですが、卵巣は残っているわけですからまた、そこに出来てしまう。正常な卵巣はできるだけ残そうとしますから、取り残しも多少はあるかもしれません。私の患者さんで、都合4回腹腔鏡手術を受けた人もいます。右、左、右、左と再発して、最後は音をあげちゃって両側の卵巣を摘出しましたね・・・子供さんを希望の数だけ産み終えておくと、そういう荒技も使えますけど、お若い方はそうもいきませんので、再発と向き合わないといけません。

じゃ、症状もないしそのままにしとけば、というお声もありますが(実際そうする人もいる。放置していても死ぬわけではないので)これがまた、捻れる、というやっかいな側面があります。卵巣は通常、親指の先くらいの大きさですが、卵巣嚢腫ができると大きく腫れて、場合によっては赤ちゃんの頭くらいになることもあります。卵巣って固定されておらずある程度ぷらぷらと動くので、何かの拍子に卵管ごとぐるっとねじり、まるでフィギュアスケートの回転技みたいにくるくるっと3回転、4回転しちゃうこともあります。そうなると卵巣に行くべき血の流れがせき止められて、そりゃもう、口がきけないくらい激烈な痛みが襲います。救急車です。

おおよそ、捻れてから(=捻転)36時間以内(つまり1日半くらいですね)なら卵巣も痛んでないのでまだ温存できるのですが、それを超してしまうと、まっくろのぐさぐさの状態になり、卵巣ごと摘出せざるを得なくなります。これが、卵巣嚢腫の嫌なところです。

統計を取ってみると、大きさが6~7センチを超えてくると捻れやすく、しかもねじれが戻りにくいことが分かっているので、この大きさを超えるようなら

「手術ですね」

と、なります。えへ。

捻転については②の「中身が水か粘液」でも同様です。どんなときに捻れることがあるかというと、卵巣は腸の動きに合わせてぐるぐると動くようで、捻れるのはなんと、「お腹をこわしたとき」なのだ。

お腹が急に痛くなって、内科に行って、「食あたりですね」とか言われてお薬をもらって帰ったらそのうち良くなるどころかさらに痛みがまし、口がきけなくなって救急車で運ばれ、そのうち気が利いた当直の先生がCTとか取ってくれちゃったりして、それで卵巣嚢腫が分かり、オンコールで呼ばれた婦人科のせんせがようやく到着して、ようよう手術の同意書にさいん[やぶちゃん注:ママ。]をした、と同時に手術室に直行、というのがだいたいの捻転ストーリー。手に汗握るアドベンチャー。・・・ま、必ず生還しますけど、痛い思いはあんまりしない方がいいんじゃないか、というのが私の意見です。

   《引用終了》

これは大変判り易い。実は、こうした異常出産(若年出産も含む)や奇形児の出産は、御多分に漏れず、怪奇談の中にはかなり有意に多い。そもそもが、同じ、海棠庵は既に「兎園小説」第二集でも「藤代村八歲の女子の子を產みし時の進達書」を発表している。他にも、私の「怪奇談集」からめぼしいものを引いても、

「耳嚢 巻之四 怪妊の事 又は 江戸の哀しいピノコ」

「耳嚢 巻之八 奇子を産する事」

「谷の響 四の卷 十七 骨髮膿水に交る」

がある。なお、「耳嚢 巻之十 幼女子を産し事」もあるが、これは、先の海棠庵の「藤代村八歲の女子の子を產みし時の進達書」と同一事例の記載である。因みに、上の記事の私の過去の注では、手塚先生の「ブラック・ジャック」の「畸形嚢腫」(一九七四年二月十八日初出)の内容に無批判に引かれてしまい(ある女性患者が寄生性二重体症で、双生児の片割れを自分の体内に持ち続けて成人となった症例であり、ピノコはその嚢胞に封入された双子の胎児(女性)のばらばらになったものを人工的に少女に仕立てたものである。因みに寄生性二重体を妄想の素材とした小説では、昭和五四(一九七九)年構想社刊の阿波根宏夫「涙・街」所収の「二重体」が非常に素晴らしい)、どの注でも寄生性二重体症の奇形嚢腫というごくごく稀な症例のみをブチ挙げているのは、今は恥ずかしい。

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