「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 墓參 /詩集「蝶を夢む」の「輝やける手」の初出形
墓 參
おくつきの砂より
けちえんの手くびは光る
かがやく白きらうまちずむの屍蠟の手
指くされども
らうらんと光り哀しむ。
ああ 故鄕(ふるさと)にあればいのち靑ざめ
手にも秋くさの香華おとろへ
靑らみ肢體に螢を點じ
ひねもす墓石にいたみ感ず。
みよ おくつきに銀のてぶくろ
かがやき指はひらかれ
石英の腐りたる
我れが烈しき感傷に
けちえんの らうまちずむの手は光る。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。なお、最終行の「らうまちずむ」には傍点はない。「らうまちずむ」は自己免疫疾患の一つで機序がよく判っていないリウマチ(rheumatism:英語のカタカナ音写は「リュマティズム」が近い)のこと。関節・骨・筋肉の強張り・腫 れ・痛み・変形などの症状を呈する疾患の総称。古代には「悪い液が身体各部を流れていって起こる」と考えられ、名は「流れる」の意のギリシャ語に由来するほどに古い。現在は主に「慢性関節リウマチ」を指す。「リューマチ」「ロイマチス」とも表記する。底本では、大正三(一九一四)年八月二十日の作とし、翌大正四年一月の『異端』初出とする。筑摩版全集でも、当該雑誌の同年一月号とする。初出を示す。歴史的仮名遣の誤り・誤字はママ。
墓參
おくつきの砂より、
けちゑんの手くびは光る、
かゞやく白きらうまちずむの屍臘の手、
指くされども、
らうらんと光り哀しむ。
ああ故鄕(ふるさと)にあればいのち靑ざめ、
手にも秋くさの香華(かうげ)おとろへ、
靑らみ肢體に螢を點じ、
ひねもす墓石にいたみ感ず。
みよ、おくつきに銀のてぶくろ、
かゞやき指はひらかれ、
石英の腐りたる、
われが烈しき感傷に、
けちゑんの、らうまちずむの手は光る。
――一九一四、八、二〇――
さて、この詩篇は、後の萩原朔太郎の第三詩集「蝶を夢む」(大正一二(一九二三)年七月十四日新潮社刊)に、「輝やける手」と改題して、以下のように載る。ルビは一切ない。
輝やける手
おくつきの砂より
けちゑんの手くびは光る
かゞやく白きらうまちずむの屍蠟の手
指くされども
らうらんと光り哀しむ。
ああ故鄕にあればいのち靑ざめ
手にも秋くさの香華おとろへ
靑らみ肢體に螢を點じ
ひねもす墓石にいたみ感ず。
みよ おくつきに銀のてぶくろ
かゞやき指はひらかれ
石英の腐りたる
われが烈しき感傷に
けちゑんの、らうまちずむの手は光る。
やはり最終行の「らうまちずむ」に傍点はない。]
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