「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 空中樓閣 (附・同草稿及び未発表詩篇「月光」)
空 中 樓 閣
みそらに都會あり
靑は衣裝
紅は音樂
黃は聖母
菫は榮光
みよ魚鳥遠(とほ)きに商(あきな)はれ
ふんすゐをせきめぐるの小路
往來風ながれ
紙(かみ)製の果物ぞならぶ
ああしばし
わが念願は鈴をふり
遊樂はみどりなす出窓にいこふ
音もなきみ空の都會
しめやかに みなみへながれ行方を知らず
はれるや。
[やぶちゃん注:底本では制作年を大正三(一九一四)年八月とし、『遺稿』とする。筑摩版全集では、「未發表詩篇」にある。以下に示す。
空中樓閣
みそらに都會あり、
靑は衣裝、
紅は音樂、
黃は聖母、
菫は榮光、
みよ魚鳥遠(とほ)きに商(あきな)はれ、
ふんすゐをせきめぐるの小路、
往來風ながれ、
紙(かみ)製の果物ぞならぶ、
ああしばし、
わが念願は鈴をふり、
遊樂はみどりなす出窓にいこふ、
音もなきみ空の都會、
しめやかにみなみへながれ行方を知らず、
はれるや。
とある。同一の原稿と考えてよかろう。
なお、同全集の『草稿詩篇「未發表詩篇」』には、以下の二種の草稿(標題は孰れも「虹」)が示されてある。脱字や歴史的仮名遣の誤りは総てママ。
*
虹
さびしけれども
みそらに都會にあり[やぶちゃん注:編者は「にあり」を『あり』の誤りとする。]
影は女ひとの影 往來に喇叭ふき
紅紅は衣裝は音樂
靑は音樂
黃はいろは主聖母
みどりは運河→軽舸→でん→魚鳥 禽 巡禮
往來に風ながれ
紙製の果實はならぶ
虹
みそらに都會り[やぶちゃん注:編者は「り」は『あり』の脱字とする。]
靑は衣装
茶は音樂
黄は聖母
綠は巡禮
みよ遠くきに魚鳥商はれ
ふんすゐをせきめぐるの小路
女は晶玉
往來八月風ながれ
紙製の果物はならぶ
みよ女は 一連の つらなる晶玉
さびしくしてはしやげる
┃せはしなき かげ 影のいとなみ
┃み空に都會あり
┃みよ はやせわしなき影のいとなみ
┃はやわがれの戀情に遠く 力の力の出窓に立てり
┃うれひに しづむ→しづめる ぬるるみ空の都
┃ああ 往來音もなきみ空の都會ありうれひのかげのゆきかひ
┃さびしけれども
┃夕風に消ゆる
┃時計は壁につめたく
┃戀情は、遠き出窓にきゆ夢と消ゆ
[やぶちゃん注:最後の「┃」は私が引いた。以上の十行がソリッドなものとして並列されていることを示す。]
*
編者注があり、『右の兩草稿は、未發表詩篇「月光」と同一用紙に書かれている。』とある。序でに、同全集から、それを引く。
*
月光
峯々の谷は金銀
みほとけの頭金銀
月光
瀨2湯泉 水ながれしより
月に河鹿けぶる1
*
編者注があり、『1、2の數字は作者が附したもの。』とある。]
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