「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 黎明と樹木
黎明と樹木
この靑くしなへる指をくみ合せ
夜あけぬ前に祈るなる
いのちの寂しさきはまりなく
あたりにむらがる友を求む。
そこにふるへ
かくれつつうかがひのぞく榎あり
いのりつつ 一心に幹をけづりしに
樹々(きぎ)はつめたく去り行けり。
みなつらなめて逃れゆく
黎明の林を出づる旅人ら
その足並に音はなけれど
水ながれいでて靴のかかとをうるほせり。
かくばかり我に信なきともがらに
なにのかかはりあるべしやは
空しく坐して祈り
遠き遍路に消え殘る雪を光らしむ
いのちはひとりのもの
ただ我が信願をかくるにより
木ぬれにかかり
有明の月もしらみてふるへ悲しめり。
[やぶちゃん注:初出は大正三(一九一四)年五月号『創作』。以下に示す。表記は総てママである。
黎明と樹木
この靑くしなへる指をくみ合せ、
夜あけぬ前に祀るなる、
いのちの寂しさきはまりなく、
あたりにむらがる友を求む。
そこにふるへ、
かくれつゝうかがひのぞく榎あり、
いのりつゝ、一心に幹をけづりしに、
樹々(きぎ)はつめたく去り行けり。
みなつらなめて逃れゆく、
黎明の林を出づる旅びとら、
その足並(あしなみ)に音はなけれど、
水ながれいでゝ靴のかかとをうるほせり。
かくばかり我に信なきともがらに、
なにのかゝはりあるべしやは、
空しく座して祀り、
遠き偏路に消え殘る雪を光らしむ、
いのちはひとりのもの、
ただ我が信願をかくるにより、
木ぬれにかかり、
有明の月もしらみてふるへ悲しめり。
初期形は現存しない。]
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