「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 (無題)(あはれいたみの烈しさにたへずして)
[やぶちゃん注:本文内にある「*」は本書の小学館の編集担当者によるマーキングである。後の編集者による「編註」を参照。]
○
あはれいたみの烈しさにたへずして
日の下に今日も我が身の踊れるなり
齒痛は金の砥石を破りいで
にほひするどく高原に光らしむ
かけのぼれ かけのぼれ
わが眺望はいたましく
うちわたす耕地整理の畑には種まく人の影もなし
かけくだれ かけくだれ
高壓線の電柱に怒り泣き
街道にあかあかと自轉車ぐるまくねりゆく
あはれわが齒痛はエレキの如く
身うちをしびれ皮膚をこげしむるぞ
ひとりこの高原にたかぶりいかり
哀しみにやぶれ
地上に坐して光れるむし齒をぬかんとす
胸の奧よりして孤獨にとがるる齒痛なり
わが心臟の幼芽より發するごとくなり。
*
人々
むらがりつどひ ふんすゐに水をのまんと
水は芽生をはぐくみて
白き瓦*あげんとす
ふんすゐにむらがりつどひければ
ほとばしる水を受け
みなこころにめざめつつ
みよ痛みの烈しさにたへずして
いぢらしく唇我が身のひとり踊りいづるなり。
[やぶちゃん注:以下は、底本では、全体がポイント落ちの半字下げで、註本文は二行目からは本文開始位置まで下がっている。後者を再現するために、一行字数を減じて、改行した。実際は二行で終わっている。本底本の国立国会図書館デジタルコレクションの初版(前年刊行。表紙違いだが、本文は同じ)の本篇をリンクさせておく。]
編註 本篇は數葉のノオトに走り書され、
未だ定稿とは言ひ難いと思はれる。
十一行目の*「瓦」は意味不明なる
も、ひとまづ原稿に從ひそのままと
した。
[やぶちゃん注:底本では出典を『ノオト』とするのみ。筑摩版全集では、「原稿散逸詩篇」にあるが、それは本底本に先行する小学館版「萩原朔太郎全集遺稿上」から転載されたもので、既に原稿は失われているようである。]
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