曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 「ひなるべし」作者自序の辯 (及び、わけの判らない一条を併載) / 第九巻~了
[やぶちゃん注:客員会員の京都の青李庵角鹿清蔵のもの。標題は目次のもので出した。文頭に出る「なるべし」は「南留別志」で、「兎園小説」第一集の馬琴の「ひやうし考」に既出既注であるが、再掲しておくと、荻生徂徠が書いた考証随筆。宝暦一二(一七六二)年刊。元文元(一七三六)年「可成談」という書名で刊行されたが、遺漏の多い偽版であったため、改名した校刊本が出版された。題名は各条末に推量表現「なるべし」を用いていることによる。四百余の事物の名称について、語源・転訛・漢字の訓などを記したものである。一方の、「ひなるべし」は「非南留別志」で国学者富士谷成章(ふじたになりあきら 元文三(一七三八)年~ 安永八(一七七九)年:京都生まれ。元は皆川姓で、儒者皆川淇園の弟。柳河藩京都留守居富士谷家の養子となった)が徂徠の「南留別志」と徂徠の門人らが記したと思われる同系統の作品「可成三註」を合わせて、その内容を批判した考証ものである。出版は天明三(一七八三)年。因みに、以上の書は私は吉川弘文館随筆大成版で総て所持している。]
文政酉[やぶちゃん注:一八二五年。]九月兎園會 京 角鹿比豆流
徂徠翁の「なるべし」を難ぜしものに、「ひなるべし」といふ、あり。こは、わが都人富士谷成章がかけるものにて、自序あり。近ご、ろなにはなる「高芦屋」が梓にせしより、やゝ世に行はるゝことには、なりにけり。さるを、いかなる故にや、此本に成章が名をあらはさず、かつ、其自序をも、はぶけり。余、終に世人の知らざらん事をゝしみて、其序文を、こゝに、かゝぐ。
荻生先生の「なるべし」といふふみ、かゝれたるがありとは、はやく聞き置きたる故、このごろ、人にかりてみるに、是、「なるべき」は、すくなく、「非なるべき」、おほし。中について、甚しきかぎりを、かきいだして、「非なるべし」と、なづく。おほかた、かの先生、初より、我道に入りたゝれざりければ、只、かたはしを、うかゞひて、ひがこゝろを、えられたる事どもにぞ、あるべき。たとたどしく、難ずべき書のさまにもあらねば、本義どもの、なかなか、しかるべきは、とゞめつ。かの先生の名に、きゝおぢたる人の、『是をさへ、よし。』と、おもふべければ、たゞ、すこしかきつけたるなり。
○明和元年秋 成 章
[やぶちゃん注:実はこれで「兎園小説」第九集は終わっているのだが、目次を見ても、第九集にはないが、以下の訳の分からない大田南畝のパロディ漢詩や狂歌が載るんですけど……わけ分んないんですけど……取り敢えずは、ここに置いておく。因みに、「新日本古典籍総合データベース」の写本でも、確かに、この第九集の最後に、これらが、記されてはある。わけの判る方は御教授下されい。漢詩は一列四句だが、一段組みにして、詩の間を一行空けた。]
文化 壬申年[やぶちゃん注:字空けはママ。九年。一八一二年。]九月八日より、新吉原中の町より、水道尻まで、菊を植えたり。南求翁の詩歌あり。
南山不見東籬下
西日將曛北里中
整々斜々門種菊
三々五々袖翻風
五街燈月菊花芬
黃白交枝曳絳裙
中有颯纚長袖子
宛如野鶴在雞群
新買金菓一萬根
滿街佳色溢倡門
藏家常價爲之貴
不似柴桑貧士村
菊は花の隱逸なりと唐人のいひしはたはけみよ中の町
[やぶちゃん注:因みに、これらは総てが、加藤好夫氏のサイト「浮世絵文献資料館」のこちらで、大田南畝が文化九年(一八一二年九月十三日)に読んだものであることが確認出来る。まず、狂歌が、
北里に菊を植しときゝて
菊は花の隠逸なりと唐人の
いひしはたわけ見よ仲の町(「放歌集」)
と見え、漢詩は、
北里の菊花
新買金英一万根
満街佳色溢倡門
藝家常価為之貴
不似柴桑貧士村
「其の二」が、
南山不見東籬下
西日将曛北里中
整々斜々門種菊
三々五々袖翻風
「其の三」が、
五街燈月菊花芬
黄白交枝曳絳裙
中有颯纚長柚子
宛如野鶴在鶏群
「其の四」(これは「兎園小説」には載らない)が、
湘簾半向曲中開
擬引清香泛酒盃
解事丫鬟揮袂起
剪将華燭掇英来
最後に(これも「兎園小説」には載らない)、
「壬申九月十三夜、北里種菊一万茎余 一茎価銀七分、雑費金三百両、芸圃菊価為之貴 浅草大悲閣亦種菊」
とある(一部の表記に違いがあるが、調べる気はさらさらない。悪しからず。しかし、加藤氏の方が正確という感じはする)。「南畝集」十八の漢詩番号三六八二から三六八五で、最後の日録のようなものが「壬申掌記 下」にあるもの、とある。]
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