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2021/10/02

曲亭馬琴「兎園小説」(正編) ものゝけのぬれ衣

 

[やぶちゃん注:輪池堂発表。物語なので、段落を成形した。]

 

   ○ものゝけのぬれ衣

 或家【姓名は、わざと、しるさず。】の家來に、半田久三郞と云ふ者、有りし。

 もとは、近國の酒とうじの子なりしが、女色にふけりて、所の住居、なりがたく、江戶に出で、大御番某の所に侍奉公に出でたり。

 とかく、色慾にて、身をあやまつべきさまなりしかば、主人、不便におもひ、念比に敎訓せしを、ふかくかしこまり、おもひて、おこなひをあらため、まめやかにつかふるさまを、今の主人、見て、乞ひうけぬ。

 もとより、手跡、達者に、算術も、おろかなく、さかしゆゑ、出頭せしなり。

 しかるに、をとゝしの冬、故主の家に來り、

「わたくしこと、はからざる災難に逢ひ侍り。はなはだ、心をいたましむる。」

よしを、いふ。

「それは、いかなることにや。」

と、ゝひけるに、

「そのよしは、申しがたし。」

と、かたく、すさびて、かへりぬ。

 そのゝち、又、來りて、

「かのさいなん、うらなひみたれば、『祈禱せば、よけなん。』と申すにつき、そのよし、行ひければ、まづ、心安き方にさふらふ。」

といふ。

 その「よし」をば、とひても、いはず。

 ほどなく、

「年も、くれぬ。」

とて、歲暮の禮に來り、かへる時に、

「もはや、御目にかゝり申すまじ。」

と、いふ。

 あるじ、とがめて、

「『ことしは、御めにかゝりがたし。』といふことか。たゞ『おめにかゝるまじ。』といふは、聞えがたし。」

と、いひければ、

「そこつにて侍り。」

と。わらひて、まかでぬ。

 年も、かへりぬ。

「春のよろこびに、いつも來るものゝ、日をふれども、まうでこぬは、いかゞ。」

と、人して、とぶらはせぬれば、

「久三郞は、身まかりぬ。」

と、いひこしたり。

「さるにても、『災難』といひしは、いかなることにて有りしや。」

と、心にかゝりて、しりあひたる人としきけば、久三郞が事をとひたづねつるに、ある人いひけるは、

「そのことは、われ、よく、しれり。久三郞とは、へだてなくむつびつれば、我にのみ、かたりきかせたり。それは、近きあたりに侍りし年比の子もり女、

『久三郞にしたしくならばや。』

とおもひけるを、そのとなりにつかへぬる若侍、聞きつけて、久三郞が艷書をしたゝめ、使をもとめて、おくりければ、

『あひおもふ中。』

とて、うけひきぬ。それより、夜にまぎれて忍び逢ひけるが、ほどへて、夜がれがちにやなりけむ、かの女、ある日、久三郞に行きあひて、くねりかゝりけれども、久三郞はしらざる事なれば、こたふるにも及ばずして、行き過ぎぬ。そのゝち、又、行き逢ひたれば、

『ひた』

と、ゝらへて、はなさず、ありしうらみを、いひつゞくるにぞ、

『さては。わがなを、たばかられしことにや。』

と心付きたり。

『しかじか。』

と、ことふれども、さらに聞きいれず。からうじて引きはなちて、わかれたり。そのゝち、かの女、あつしき病にふして、日あらず、身まかりぬ。その夜より、久三郞がふしどに、幽靈、あらはれて、よもすがら、くねりあかす。その比にや、かれ、祈禱をしたりけん、少しは、そのしるし有りしかど、又、あらはれて、責めさいなむ。久三郞、堪へずして、つひに、はかなくなりぬ。歲暮に古主に來りし時、申しゝ詞によりて考ふれば、かの靈、

『年あけば、とりころさむ。』

などゝ、いひけるにや。」

と、いひあへり。

「この久三郞は、袋翁が弟子にて、うたを學びたるものなり。」

とて、袋翁のもの語りなり。

[やぶちゃん注:「袋翁」幕臣で歌人の横田袋翁(よこたたいおう 寛延二(一七四九)年~天保六(一八三五)年)。]

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