「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 (無題)(こほれる利根のみなかみに) 「冬を待つひと」の草稿の一つ
○
こほれる利根のみなかみに
ひねもす銀の針をたれ
しづかに水に針をたれ
さしぐみきたる冬をまつ
ああその空のうすぐもり
かみつけの山に雪くれば
ひそかに魚は針をのみ
涙は芝をうるほしぬ。
ひとり岸邊に針をたれ
さしぐみきたる冬をまつ。
[やぶちゃん注:底本の「詩作品年譜」では、『遺稿』とし、制作年を推定で大正三(一九一四)年とする。さて、これは筑摩版全集を調べて見ると、酷似した(相同ではない)詩篇が「冬をまつひと」の題で、大正四年一月号『遍路』に以下のように出ることが判った。
冬を待つひと
こほれる利根のみなかみに、
ひねもす銀の針を垂れ、
しづかに水に針を垂れ、
さしぐみきたる冬を待つ。
ああ、その空さへもうすくもり、
かみつけの山に雪くれば、
魚らひそかに針をのみ、
ま芝は霜にいろづけど、
ひとり岸邊に針を垂れ、
來らむとする冬を待つ。
また、この初期形が「習作集第九巻」に、
冬を待つひと
こほれる利根のみなかみに
ひねもす銀の針を垂れ
しづかに水に針を垂れ
さしぐみきたる冬をまつ
ああその空もうすぐもり
かみつけの山に雪くれば
ひとり魚らひそかに針をのみ
ま芝は霜にいろづけど
ひとり岸邊に針をたれ
きたらんとする冬をまつ、
の形で出、さらに、筑摩版全集第三巻の『草稿詩篇「拾遺詩篇」』の中に「冬を待つひと (本篇原稿二種二枚)」とある後半の二種目に(「→」は書き換えを示す)、
○
こほれる利根のみなかみに
ひねもす銀の針をたれ
しづかに水に針をたれ
さしぐみきたる冬をまつ
ふるさとのああその空さへものうすぐもり
遠山なみにかみつけの山に雲[やぶちゃん注:ママ。]ふれば→ふりづれば[やぶちゃん注:ママ。]くれば
ひそかに魚は針をのむみ
こほれる利根の水上に。
われは淚をもよほしぬ
淚は草→柴芝をうるほしぬ。
ひとりしづかに岸べに針をたれ
さしぐみきたる冬をまつ、
があった。本篇はこの最後のそれを整序したものと推定出来る。
なお、この草稿の前にある本篇の別草稿は、中間部の残存並置が異様に多く、電子化が難しい。そこで、その中間部のみを筑摩版全集から画像として取り入れ、上下二段で切れいていることから、合成した画像で示した。これは引用のレベルで許されるものと判断する。そこで使用されている記号を全集の同パートに「凡例」を参考に注しておくと、{ }はともに抹消されずに残った箇所を示し、〈 〉は抹消字を指し、《 》は〈 〉内の抹消に先立って推敲抹消された箇所を示す(「先立って」というのは、そのように推定されるとすべきであると私は考えている)。なお、上部にある横線であるが、これは、『數行つづきの詩行が對應し、ともに抹消されていない場合は、對應する』(ここも、そのように推定されるとすべきところであろう)『詩行の上部にそれぞれ橫線を引き、それぞれ{ }でくくった。』とある。前後は私が電子化し、今まで通り、抹消部は抹消線で示した。なお、題名は「菊」である。最終行の「泳けり」はママ。
*
菊
遠鳴る海の音にさへ
うす雪のさしぐむものを
こほれる利根のみなかみに
ひねもす銀の鉤針をたれ
しづかに水に針をたれ
うれひにわがふるさとの[やぶちゃん注:以下、行空けなしで画像の最初(右)に続く。]
きみを思へば[やぶちゃん注:画像の最終行に行空けなしで続く。]
うすゆきの空のさしぐむものを、
靑き松葉に霜はかゝれり、
さやさやと魚すいすいと小魚(いさな)泳けり
*]
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