「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 決鬪 / 附・草稿
決 鬪
空と地とに綠(みどり)はうまる
綠をふみてわがゆくところ
靴は光る魚ともなり
歡(よろこび)樹蔭におよぎ
手に輕き利刃(やいば)はさげられたり。
[やぶちゃん注:底本では『遺稿』とし、推定で大正三(一九一四)年の作とする。筑摩版全集を見るに、これは大正三年十月号『詩歌』に発表した「決鬪」決定稿の草稿である。まず、決定稿初出を示す。傍点「ヽ」は太字に代えた。歴史的仮名遣の誤りはママ。
决鬪
空(そら)と地(つち)とに綠はうまる、
綠をふみてわが行くところ、
靴は光る魚ともなり、
よろこび樹蔭におよぎ
手に輕き薄刄(やいば)はさげられたり。
ああ、するどき薄刄(やいば)をさげ、
左手をもつて敵手(かたき)に揖す、
はや東雲(しののめ)あくる楢の林に、
小鳥うたうたひ、
きよらにわれの血はながれ、
ましろき朝餉をうみなむとす。
みよ我がてぶくろのうへにしも、
愛のくちづけあざやかなれども、
いまはやみどりはみどりを生み、
わがたましひは芽ばへ光をかんず、
すでに伸長し、
つるぎをぬきておごりたかぶるのわれ、
おさな兒の怒り昇天し、
烈しくして空氣をやぶらんとす、
土地(つち)より生るゝ敵手のまへ、
わが肉の歡喜(よろこび)ふるへ、
感傷のひとみ、あざやかに空にひらかる。
ああ、いまするどく鋭刄(やいば)を合せ、
手はしろがねとなり、
われの額きづゝき、
劍術は靑らみついにらじうむとなる。
「揖す」は「しふす」(しゅうす)で会釈することを指す。次に以上の詩篇の草稿詩篇を同全集から示す。脱字はママ。
决鬪
空と地とに綠(みどり)はうまる
綠をふみてわがゆくところ
靴は光る魚ともなり
歡(よろこび)樹蔭におよぎ
手に輕き刄薄刄(やいば)はさげらたり
これだけである。最終行の「刄」は筑摩版全集は「刅」の最右翼「ヽ」のない「刃」の正字体であるが、これは筑摩版全集が勝手に統一字体として本文校訂に唯一採用したものであって、しかも、汎用出来る字体としてワープロやネットではフォントとして作られていない。初出を見て貰うと判るが、そこでは「刄」の表記であるから、私はそちらで示した。
さて。これと本篇を較べてみるに、これは別原稿とはちょっと思われない。小学館版の編集者が、この草稿に手を加えて載せたものとみるのが穏当であろう。「利」は「薄」の崩しがひどくて判読出来ず、「利」としたに過ぎないのでは? とも思われる。]
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