「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 偏狂
偏 狂
あさましき性のおとろへ
あなうらに薰風ながれ
額に綠金の蛇住めり
ああ我のみのものまにや
夏ふかみ山路をこゆる。
かなしきものまにや
のぞみうしなひ
いつさいより靈智うしなひ。
さびしや空はひねもす白金
はやわが手かたく合掌し
瞳はめしひ
腦ずゐは山路をくだる。
ああ 金性の肉のおとろへ
みやま瀧ながれ
靑らみいよいよおとろふ
いのれば銀の血となり
肉やぶれ谷間をはしる。
金性のわがものまにや。
―吾妻山中にて―
[やぶちゃん注:底本では、大正三(一九一四)年五月発行の『詩歌』初出とするが、筑摩版全集では、大正三(一九一四)年九月号『詩歌』初出とするので、底本の書誌は誤認であろう。初出を示す。
偏狂
あさましき性のおとろへ、
あなうらに薰風ながれ、
額に綠金の蛇住めり、
ああ我のみのものまにや、
夏ふかみ山路をこゆる。
かなしきものまにや、
のぞみうしなひ、
いつさいより靈智うしなひ。
さびしや空はひねもす白金、
はやわが手かたく合掌し、
瞳(め)はめしひ、
腦ずゐは山路をくだる。
ああ 金性の肉のおとろへ、
みやま瀧ながれ、
靑らみいよいよおとろふ、
いのれば銀の血となり、
肉やぶれ谷間をはしる。
金性のわがものまにや。 ――吾妻山中にて――
最後の添え辞位置は、ママ。既注であるが、同年の前月、四万温泉積善館に避暑している際の詠。読点・読みの除去及び添え辞位置の変更は小学館版編者によるもので、同一稿であろう。但し、「め」のルビの除去はいただけない。]
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