「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 小春
小 春
やはらかい土壤の上に
ぢつと私が坐つて居る
涙ぐましい日だまりに
白い羽蟲のちらちらもえ
遠い春日のちらちらもえ。
麥よ芽を出せ。
[やぶちゃん注:底本では『遺稿』とし、制昨年を推定で大正三(一九一四)年とするが、ほぼ相同の詩篇が筑摩版全集の「拾遺詩篇」に載り、そこでは初出を大正四年六月発行の『街上』とする。以下に初出形を示す。
小春
やはらかい、土壤の上に、
ぢつと私(わたし)が座つて居る、
淚ぐましい日だまりに、
白い羽蟲のちらちらもえ、
遠い春日のちらちらもえ。
麥よ芽を出せ。
底本のそれは、最早、失われた原稿によるものか。
なお、筑摩版全集の『草稿詩篇「拾遺詩篇」には、以下の本篇の草稿の三種ある内、二種が載るので、以下に示す。アラビア数字は朔太郎自身が打ったもの。歴史的仮名遣の誤りや誤字などは総てママ。
*
小春
――叙情小曲
1 やはらかい土壌の上に
2 私のぢつと私がすわつて居る
ああけふもひねもす遠く
遠山の雪がが光るより
遠い 越後の山に 山の雪が光るよ
指さきのきずがいたいよむぞよ
6 ああ春麥よ芽を出せ
7 麥よ芽を出せ
ああこゝの羽蟲のちらちらもえに
3 ああけふの春の日のちらちらもえて
遠山なみの 光 羽蟲羽光り
4 遠山なみの雪どけに ごろにころに
5 ぢつとみつめるわがこゝろ
小春
やはらかい土壌の上に
ぢつと私が座つて居る
こゝの春日のちらちらもえ
こゝの羽蟲のちらちらもえ
麥よ芽を出せ
麥よ芽を出せ
*
孰れも、本篇とは異なる。]
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