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2021/10/10

曲亭馬琴「兎園小説」(正編) 双生合體 一足の雞 双生合體追記

 

[やぶちゃん注:前の二篇は著作堂馬琴の発表で奇形連関、三篇目は文宝堂の「双生合體」への直追加発表であるから、奇形連関で纏めて示す。読み易くするするために、段落を成形し、記号も入れた。]

 

   ○双生合體

 文化十年癸酉[やぶちゃん注:一八一三年。]の夏のはじめに、尾張の民、銀之右衞門[やぶちゃん注:あまり見かけぬが、「ぎんのゑもん」で名であろう。]が妻、異形[やぶちゃん注:「いぎやう」。]の子を、うみにき、といふ。

 當時同藩の陪臣、山田生が、ある人におくりし消息に、いはく、

[やぶちゃん注:以下の頭の三行はずっと下方に配置されているが、ブラウザの不具合を考えて引き上げた。最後のクレジットと署名も同前の仕儀を施した。]

   *

大番澤井圖書組松平傳右衞門知行所

 尾州中島郡奧村 百姓 銀之右衞門 酉三十一歲

        同人妻 き   を 酉二十一歲

右きを儀、當酉四月。致出產候處、異體のもの、出生、男子にて、頭、二つ、手足、四本づゝ有之、軀(ムクロ)は一つに御座候。無事に致生育候、御勘定所へも申達、此間、御見分御座候由、右之趣に御座候。實に異體の者にて、全く二子の別れ不申者と見え申候。

右之通り承り、珍敷事故、申上候。

 六月六日          山田定之丞

   *

 この山田生は、尾張御家老石河土州の留守居なり。

 同年八月十一日、愚息興繼が一友人より、借、抄して見せけるを、題記中に、のせおきしかば、とう出て[やぶちゃん注:ずっと以前にその記録を出版したのであるが。]、ふたゝび、こゝに錄しつ。

 こは、攣胎(フタゴ)合體したるに、疑ひなし。

 按ずるに、方書に、『果實の双仁なるは毒あり、食ふべからず。』といへり。果子すら、かくの如し。まいて、人倫・鳥獸の双生合體なるものは、毒惡の氣の致すところ、不祥なること、しるべきのみ。

[やぶちゃん注:結合双生児(conjoined twins)の報告である。近代になって「シャム双生児」と呼ばれるが、これは著名な結合双生児であった「チャン&エン・ブンカー兄弟」(タイ出身の有名な腹部結合体の二人で、一八〇〇年代中頃、サーカスなどで「フリークス」(freaks:異形のものたち・奇形)の見せ物としてイギリスやアメリカを旅した。後年、ノースカロライナ州に定住して農業を営み、二人の妻との間に二十一人の子をもうけている。結合双生児を「シャム双生児」と呼ぶのは、彼らの興行名の「The Siamese Twins」から来ている)の出生地がたまたまシャム(現在のタイの旧名)であったことに由来しているに過ぎず、好奇なニュアンスを附帯してしまっている一種の差別表現と捉えており、私は使うべきではないと考えている。なお、この上申書を見るに、頭部と手はそれぞれ二対あり、下の体幹胸部以下の胴は一つで、腰から下に及ぶと、足は二対あるということになる。所謂、胸部と腹部の結合体のようだが、出生直後の報告であるから、或いは胴の部分は二人分が結合しているだけで、心臓・呼吸器・消化器は実は独立して癒着している症例なのかも知れない。万一、それらが二対なく、完全に一人分しかないとなると、所謂、現在でも分離不能な重合体ということになる。

「攣胎(フタゴ)」「攣」には「つる・ひきつる」や「かがまる・手足が伸びない」の意以外に、「係(かか)る・繋がる」の意がある。

「双仁」狭義の果実の中の種が二つあるもの。

「方書」「はうしよ」で医術の処方を記した書物の意の一般名詞。]

 「書紀」仁德紀に云、

『飛驒國有一人宿儺。其爲ㇾ人、一體有兩面。各相面背頂合無ㇾ項。』

[やぶちゃん注:知られた「日本書紀」第十一の記載全体は以下である。本文の引用は、最後の部分がおかしく、「面各相背、頂合無項」である。

六十五年、飛驒國有一人曰宿儺。其爲人壹體有兩面。面各相背、頂合無項。各有手足。其有膝而無膕踵。力多以輕捷、左右佩劒、四手並用弓矢。是以不隨皇命、掠略人民爲樂。於是遣和珥臣祖難波根子武振熊而誅之。

(六十五年、飛驒國に一人有り、宿儺(すくな)と曰ふ。其の人と爲(な)り、體(むくろ)、壹つにして、兩の面(おもて)、有り。面、各(おのおの)相ひ背(そむ)き、頂(いただき)、合ひて、項(うなじ)、無し。各、手足、有り。其の膝、有りて、膕(よほろ)・踵(くびす)、無し。力、多くして、以つて輕捷(はやわざ)し、左右(さう)に劒を佩びて、四つの手並みに、弓矢を用(つか)ふ。是れを以つて、皇命(きみのみこと)に隨はず、人民を掠略(かす)めて、樂と爲(な)す。是に於いて、和珥臣(わにのおみ)の祖、難波根子武振熊(なにはのねこたけくま)を遣して之れを誅さしむ。)

「膕」は「ひかがみ」(「ひきかがみ」の音変化)膝の背後の窪んでいる膝窩(しっか)のこと。「よぼろ」とも。さて。国家統制を主眼とする以上では、朝敵で異形の首魁として描かれているが、現地の伝承ではまるで異なる。「岐阜女子大学」公式サイト(「私立大学研究ブランディング事業」)内の「飛騨高山匠の技デジタルアーカイブ 両面宿儺」(円空の両面宿儺像の写真複数有り、必見!)によれば、『飛騨や美濃の伝説では、宿儺は武勇にすぐれ、神祭の司祭者であり、農耕の指導者でもあった』。『当時の大和朝廷の支配は、畿内中央の最高首長が各地の有力な首長と同盟・連合の関係を結びながら、内外の軍事・外交活動を主宰し、各地の首長に貢納・奉仕を強要する形で勢力を結集していた。朝廷は宿儺に対して、飛騨の人々を引きつれて大和に参上するように求めたのであろうが、宿儺は拒否して戦ったのである』。岐阜県高山市丹生川町下保にある高野山真言宗袈裟山『千光寺では』(ここ。グーグル・マップ・データ)『その開山を両面宿儺とし、飛騨一之宮水無神社では「位山』(くらいやま)『の主は両面宿儺である」と伝えている。また日面』(ひよも)『地区の善久寺には宿儺菩薩が畏敬の念をもって祀られる。また』、岐阜県『関市下ノ保の日龍峰寺』(にちりゅうぶじ)『には「蛭なし川の伝説」があり、両面宿儺が当山に住む悪龍を退治した時、悪龍の血が滝のように流れ、農民の血を吸』う『蛭が』、『これを吸』うや、『蛭は全部』、『死んでしまったといい、今も蛭はいないという』とある。私は若き日に両親とともにこの千光寺を訪れ、丁度、建造途中であった「円空仏寺宝館」の中を住職が親切に案内して下さり、この両面宿儺を始めとする円空仏の写真の撮影も許可して下さった。私はこの瞬間、円空仏に魅せられ、出不精乍ら、近くにあると聞けば、必ず見に行く。千光寺公式サイトの「円空仏寺宝館」も必見。]

この宿儺は、凶猛多力にして、朝命に背きしよし、六十五年の條下に見えたり。

 この他、双頭の子をうみしもの、和漢の書史に見る所、皆、是、攣兒の合體なるべし。

 又、按ずるに、双頭・兩頭は、蛇に多かり。蚖蛇は、もとも[やぶちゃん注:「最も」。]毒あるもの、その毒惡の氣に感じつゝ、遂に胎を受けたること、これによりても、曉り[やぶちゃん注:「わかり」。]易かり。

[やぶちゃん注:「双頭」は頭部が分裂して二つある奇形(その程度には一つの頭部に眼が三つ以上あるものから、完全に二股に分かれたものまで含まれる)。「兎園小説」第六集の「双頭蛇」(琴嶺舎発表)、及び、そこの図を参照。

「兩頭」は尻尾がなく、前後に頭がある奇形(或いは、そのように見えるもの)。「兎園小説」第二集の「兩頭蛇」(海棠庵発表)、及び、そこの図を参照。

「蚖蛇」元は仏典が出所で「毒を持った蜥蜴と毒蛇」の意のようである(「諸國百物語卷之四 十二 長谷川長左衞門が娘蟹をてうあひせし事」及び「金玉ねぢぶくさ卷之七 伊吹山の水神」の私の注を参照。前者はマニアックな注で長く、後者はさらっと簡潔。お好きな方をどうぞ)あるが、ここではニホンマムシを指していると考えてよい。]

 

   ○一足雞(いつそくけい)

[やぶちゃん注:【2021年10月21日本文改稿】本篇のみが国立国会図書館デジタルコレクションの「曲亭雑記」の巻第二上のここから載っていることを忘れていたので、ここで改めて、この部分に限って題名・本文を校訂し直した(こちらの方が読みが附されているからである・但し、読みの一部は送りがなに出した)。但し、トップの標題は目次に則り、「の」を挿入した。

 文化十一年の夏の比(ころ)、飼鳥(かひどり)、あきなふもの、雞(にはとり)の雛の一足(いつそく)なるをもて來て、

「これ、買ひたまはずや。」

と、いひしかば、引きよして、よく見るに、實(じつ)に一足なることは、寔(まこと)に一足なるものから[やぶちゃん注:逆接の確定条件の接続助詞。]、その足(た)らざる左の足は、『皮肉の間にあり』と、おぼしく、運動にしたかふて、腹の皮、うごもちたり[やぶちゃん注:「墳(うごも)つ」は「うこもつ」とも言い、「土などが高く盛り上がる」或いは「ゆるみふくらむ」の意。私はここでは寧ろ、「うごろもち」(モグラ)が地面の下で動いて土の表面が蠢くような意とする方が、判りがいいと考えている。]。これ、尫弱[やぶちゃん注:「わうじやく」。ひ弱なこと。]不具にして、眞(まこと)の一足なるもの、ならず。

 よりて、鳥屋に示して曰はく、

「汝、惠子(けいし)の言(こと)を聞かずや。『雞三足』といへり。語は「莊子」に見えたるなり。蓋し、彼(か)の惠子がこゝろ、『雞(にはとり)は二足[やぶちゃん注:ここは底本は「三足」だが、ここは吉川弘文館随筆大成版を採った。]なれども、その足を使ふもの、内に、亦、ひとつあり。故、『有三足』と、いひにき。もし、その理(り)をもていはゞ、三足も、尙ほ、足らず。宜しく、もつて、四足となすべし。いかにとなれば、凡そ、手足の運動は、魄(はく)、其用をなす每に、心、まづ、魂(こん)に傳へ、魂、速かに魄に指揮して、その進止(しんし)を自由にす。これによりて推(お)すときは、雞(にはとり)の二足なるも、これを使ふもの、内にも亦、ふたつ、なければ、足の用をなしがたし。かゝれば、「四足」といふこそ、よけれ。惠子が言のごとくならば、足を動かす魂のみありて、是を指揮する魂なきもの也。もし、かくの如くならば、進退、その度を失ふて、そのゆくところを知らざること、風に輾(まろ)べる瓢(ひさご)に同じ。これに似たるは、狂人のみ。狂人の進退は、神識(しんしき)[やぶちゃん注:精神状態の意のようである。]、衞(まも)りを失ふ故に、その動靜、夢寐(むび)[やぶちゃん注:眠って夢を見ている状態。]と異ならず。かくの如くなるものは、二足にして、三足也。その魂、位(くらゐ)を失ふ故のみ。この餘は、すべて、四足とすべし。吾、三足の說をすら、排斥すること、既に久し。汝は、この鳥をもて『一足なり。』といふめれど、われは、則ち、四足とす。虁(き)[やぶちゃん注:中国神話上の龍の一種、或いは、牛に似たような一本足の妖獣、或いは、妖怪の名。詳しくは私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 犛牛(らいぎう) (ヤク)」の「犩牛(き〔ぎう〕)」の注の引用を読まれたい。]をすら、一足といふ謬說(びうせつ)は、「風俗通」に辨じたり。豈に一足の鳥あらんや。ゆきね、ゆきね。」

と追ひたつれば、鳥あき人、嘆じて曰はく、

「なべての鳥は、二足なり。只、この鳥のみ一足なるに、君は惠子の語(ご)を引きて、三足といひ、四足とす。わが一足といふよしは、目に視るまゝを、いへるなり。君が四足といふよしは、形(かたち)を取らで、理(り)を推(お)すものか。その理の、隱れて見えざること、なほ、この鳥の一足の皮肉に籠りて出でぬが如し。細人(さいじん)は理に疎(うと)かり。欲するものは、只、利のみ。君が、いはゆる、『あし、多かる。』も、われ、その足を取るよしなければ、魄(はく)のみありて、魂(こん)なきごとく、還らば、妻子に『虛走。』と、いはれん。足乎(あしか)、足乎、われ、又、赴くところあり、いとま申す。」

と、いひかけて、籠を挑(かゝ)げて、まか出にけり。

 此あき人は、さるもの歟、「野夫(やぶ)にも功者(こうしや)あり」といはまし【乙酉九月朔草】。

[やぶちゃん注:以下、例の「馬琴雑記」の編者依田百川の評が載る。この注の後に電子化しておくが、百川を批判している通り、正直、この馬琴に一文は甚だ不快だ。これは実は一本脚の鷄の雛の奇形をダシにして、馬琴が自身の捩じれた偏屈論理学を開陳したかっただけのものである(本当に一本足の雛を売りに来たのかどうかも怪しい。何となく「漁父之辞」の辛気臭いパロディのような気もしてくる)。何をかいわんやで、全く注する気にならない。こういった、人を煙(けむ)に巻くことを好む馬琴の一面は、正直、嫌いである。

 まあ、一つだけ注しておくと、ここに出る「惠子」の言っているそれは、「荘子」の最後の最後に置いてある「雑篇」の「天下篇 第三十三」の荘子と親しかった恵施が属した論理学派の弄んだそれの一つで、公孫龍の「雞三足」という命題である。判り易く言うなら、実際の「物質としての足」は「二」足だが、「概念としての足」がもう「一」つあるわけだから、併せて「三足」である、というのである。これは同じ公孫龍の「白馬非馬論」が有名で、且つ、判り易い。「白馬」という概念は、視覚の持つ色彩感覚によって捉えられた「白」という概念と、視覚 の形態把握の感覚によって捉えられた一箇の物質的存在としての「馬」という概念に分離して分析認知されるから、「白」+「馬」=「白馬」というのは「馬」ではない、という命題である。命題としてはアウフヘーベンの全くない偽であることは言うまでもない。

 なお、以下の評は底本では全体が一字下げである。]

 百川云、此文は戯れに題を設けて作りしものに似たり。然らざれば、かゝる竒物は、よくその理を辨(わきま)へて記するものなるべきに、只、その空理のみに趨(はし)りて、絕えて事物の形容によりて、一足の竒を推考すること、なし。それ事物百變にして、窮まるりなし。されど、その物あらば、必ず、そのゆゑよし、無きこと能はず。よく物を見るものは、徒らに空理に拘泥せずして、その實理を究むるを專らとす。西洋窮理說、是れなり。曲亭の才知をもて、何物か推考し得ざらんこと、あらん。しかるに、一偏(いつぺん)の空理をもて、此文を綴りしは、寓言にして、實(じつ)に、その物、無きなるべし。

    *

   「双生合體」追記

 

Ketugousouseijiitai

 

[やぶちゃん注:挿絵は底本のものをトリミング補正して使用した。]

 

 文政八年乙酉[やぶちゃん注:一八二五年。]二月十七日、本所柳島十軒川へ漂流したる異形嬰兒之圖

[やぶちゃん注:以下は底本では最後まで総て全体が一字下げ。]

 長一尺許、產毛、色濃く、頰の邊まで生ひ、臍、四つ、股の眞中にあり。尤、女にて、陰門、兩方にあり。

 予が伯父なるもの、本所淸水橋にあり。この伯父に使はるゝ林右衞門といふ者、近所の事なれば、當時、十軒川へゆきて見たるまゝを、うつし來つるなり。この小兒の亡がらは、柳島のほとりなる何がし寺に葬りしといへり。

 著作堂主人のしるされし「双生合體」と、いさゝかも違はず。

 それは文化の酉のとし、是は文政酉の年、年はかはれど、一周の同支にあたりて、同物の異形あらはれしは、尤、奇といふべし。よりて、こゝに追記す。

             文寶堂 しるす

[やぶちゃん注:「本所柳島十軒川」この現在の柳島橋附近であろう。北十間川と横十間川が交差する。

「女にて、陰門、兩方にあり」結合双生児は一卵性双生児の発生機序に於ける受精卵の分裂異常に起因するので、男女のそれは存在しない。江戸川乱歩の小説に出てきたってか? 私のマニアック注附きのブログ・カテゴリ「江戸川乱歩 孤島の鬼【完】」をよく読みいな! あれはあ、人工的に作った悪魔的なものだぜい!

「本所淸水橋」ここ。]

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