「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 交歡記誌 / 附・草稿
交 歡 記 誌
みどりに深き手を泳がせ
凉しきところに齒をかくせ
いま風ながれ
風景は白き帆をはらむ
きみはふんすゐのほとりに家畜を先導し
きみは舞妓たちを配列し
きみはあづまやに銀のタクトをとれ
夫人よ おんみらはまた
とく水色の籐椅子(といす)に酒をそそぎてよ
みよ ひとびときたる
遠方より魚を光らし
遊樂の戯奴は靴先に鈴を鳴らせり。
ああいま新らしき遊戯は行はれ
遠望の海さんさんたるに
われ諸君とゆびさし
眺望してながく塔下に演說す。
[やぶちゃん注:底本では大正三(一九一四)年七月『創作』初出とする。筑摩版全集では、同年同月号の同雑誌を初出とする。初出形を示す。
交歡記誌
みどりに深き手を泳がせ
凉しきところに齒をかくせ
いま風ながれ
風景は白き帆をはらむ
きみはふんすゐのほとりに家畜を先導し
きみは舞妓たちを配列し
きみはあづまやに銀のタクトをとれ
夫人よ、おんみらはまた
とく水色の籐椅子(といす)に酒をそそぎてよ
みよ、ひとびときたる
遠方より魚を光らし
先頭にある指もで十字を切るごとし
女は左に素脚をひからし
男は右にならびて杖をとがらす
みよ愛は行列のしりへに跳躍し
淫樂の戲奴は靴先に鈴を鳴らせり。
ああ、ともがらはしんあいなり
遊樂は祈禱の沒落
靈肉の音の交歡
いま新らしき遊戲は行はれ
遠望の海さんさんたるに
われ諸君とゆびさし
眺望してながく塔下に演說す。
であるが、編者注があり、『右の十二――十五行、十七――十九行を削除し、十二行目の冒頭に「ああ、」を加えている掲載誌が殘っている』とある。それに従って、整序したものを以下に示す。
交歡記誌
みどりに深き手を泳がせ
凉しきところに齒をかくせ
いま風ながれ
風景は白き帆をはらむ
きみはふんすゐのほとりに家畜を先導し
きみは舞妓たちを配列し
きみはあづまやに銀のタクトをとれ
夫人よ、おんみらはまた
とく水色の籐椅子(といす)に酒をそそぎてよ
みよ、ひとびときたる
遠方より魚を光らし
淫樂の戲奴は靴先に鈴を鳴らせり。
ああ、いま新らしき遊戲は行はれ
遠望の海さんさんたるに
われ諸君とゆびさし
眺望してながく塔下に演說す。
この読点二箇所を除去し、「淫樂」を「遊樂」にすると、本篇となることから、これは、同じ修正雑誌をもとにしつつ、初期形にあった「遊樂」を「淫樂」に取り違えたもののように思われる。因みに、「戲奴」は道化で「ジョーカー」と読んでいるものと私は思う。仮にルビを想起するなら、「ジヨーカー」「ヂヤウカア」「ヂヤオカア」などがあるようである。
なお、筑摩版全集の草稿詩篇「拾遺詩篇」に本篇の草稿『(本篇原稿一種一枚)』として載っている(無題)。以下に示す。誤字・歴史的仮名遣の誤りはママ。
○
みどりにふかく手を泳がせ
涼しきところに齒をかくせ
いま白く風ながれ
風景は白き帆をはらむ
きみはふんすいのほとりに家畜を先導し
きみはあづまやに銀のタクトをとれ
きみはまた舞妓たちを排列し
きみはおんみら……
この夫人と少女(おとめ)の會員はは
とく水色の藤椅子に酒をそそぎてよ
ああ、ひとびときたる
先頭に ありて たちて遠方にあるは魚肉を捧ぐるは我の戀びとげ
┃戀びとは路に逍逢步
┃戀人の步道にむかひむ道路
┃步道は銀の
┃戀人の路を
[やぶちゃん注:「┃」は私が附した。以上の四行は並置残存であることを示す。後注参照。]
┃その みよ指はやさしく十字をきるごとし
┃行く行く指もて十字きるごとし
┃路はぎらら銀板をはる
[やぶちゃん注:以上の三行は並置であるが、二行目の「┃行く行く指もて十字きるごとし」と三行目の「┃路はぎらら銀板をはる」の頭の「┃」は底本では繋がっている。編者の附したもので、一行と二・三行目が二つの候補として並置残存していることを示すものである。]
女は左より來りてに素足光らし
男は右にならびて杖を光らす
みよ愛は行列のしりへに跳躍し
淫樂の戲奴は靴先に鈴を嗚らせり
あゝともがらはしんあいなり
最後に編者注があり、『以下の原稿はない。本稿の欄外に次の三行が記されている』とあって、
遠方より魚肉を捧げ
先頭ににあるは指もて十字をきる如し
したいに銀板張の步道をすべりて
とある。]
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