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2021/10/31

「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 土地を掘るひと

 

   土地を掘るひと

 

土地(つち)よりめざめ

土地を掘る

土地を掘るひと

土地に立つ

 

空は綠金

土地は白金

いんさん

いんさん

利鎌ぞ光る

 

けぶれる空に麥ながれ

農夫は一列

種子は一列

 

いんさん

いんさん

土地(つち)を掘るひと涙をながす。

 

[やぶちゃん注:底本によれば、推定で大正三(一九一四)年作とし、『遺稿』とある。老婆心乍ら、「利鎌」は「とがま」と読む。筑摩版全集では、「習作集第九卷(愛憐ノート)」に以下のようにある。誤字(「堀」)はママ。最後の読点もママ。

 

 土地を堀る人

 

土地よりめざめ

土地を堀る

土地を堀るひと

土地に立つ

 

空は綠金

土地は白金

いんさん

いんさん

利鎌ぞ光る

 

けぶれる空に麥ながれ

農夫は一列

種子は一列

 

いんさん

いんさん

土地を堀るひと淚をながす、

 

本篇は詩集「月に吠える」の「雲雀料理」パートの本編の頭に置かれている「感傷の手」と親和性がある。私の『萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 雲雀料理(序詩)・感傷の手』を見られたいが、そこで注した通り、「感傷の手」は初出形が『詩歌』大正三(一九一四)年九月号で、詩篇末に『――一九一四、八、三――』のクレジットがあるから、本篇の推定年も無理がないと思われる。「つち」というルビが気になるが、これは、思うに、同じ詩集の同パートの二つ後の『萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 苗』で、「土地」に「つち」のルビを振っているを知っている本底本の小学館の編集者が、それを受けてサーヴィスで添えたものではなかろうかと推定するものである。「とち」ではイメージが違う。ここは確かに「つち」でなくてはなるまい。]

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