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2021/10/10

「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 九月 /「立秋」の別稿か? 附・萩原朔太郎「大沼竹太郞氏を送る言葉」(全文)

 

  九   月

 

きのふ山よりかへれば

紫苑はなしぼみて

すでに秋の愁ひをさそふ

友よ

やさしく胡弓をすり

遠くよりしも光を送れ

ああ わが故鄕にあるの日

ひねもすいかり うゑを感じ

手をたかく蒼天のうへに伸ぶ。

 

[やぶちゃん注:これは底本の「詩作品年譜」に『遺稿』とし、推定で制作年を大正三(一九一四)年とする(以下の初出によってこれは正しい)。「大沼竹太郞」は岩手県紫波(しわ)郡紫波町生まれで、ニコライ神学校成果学校出身のクリスチャンで音楽家。前橋にはハリストス正教会の「詠隊教師」として赴任してきたとされる。朔太郎のマンドリンの先生であり、音楽仲間であった。この大沼氏は、かの朔太郎の永遠の恋人「エレナ」との出逢いとも関係する人物と目されている人物でもある(以上は渡辺和靖氏の論文『萩原朔太郎――「愛憐詩篇」から「浄罪詩篇」へ――』(『愛知教育大学研究報告』第三十九輯・一九九〇年二月発行。ここからPDFでダウン・ロード可能)を参考にさせて戴いた)。国立国会図書館デジタルコレクションで彼の著になる「世界の名曲を面白く聽けるレコード音樂の解說 第一輯」(十字屋楽器店大正一三(一九二四)年刊)を全篇読むことが出来る。

「紫苑」双子葉植物綱キク目キク科キク亜科シオン連シオン属シオン Aster tataricus

 さて。筑摩版全集では、この「九月」というタイトルの詩篇は存在しない。ただ、大正三年八月十七日附『上毛新聞』に発表された「大沼竹太郞氏を送る言葉」という文章中に出現する「立秋 ―大沼竹太郞氏ニ捧グル詩―」という以下の詩篇が、途中からかなり強い相似性(相同性と言ってよい)を示す。詩本文は総ルビであるが、読み(歴史的仮名遣の誤りはママ)は一部に留めて、まず、その詩篇を示す。なお、ここは同全集の第三巻の「拾遺詩篇」にあるものを底本とした。

 

 立秋

       ―大沼竹太郞氏ニ捧グル詩―

 

遠く行く君が手に、

胡弓(こきう)の箱はおもからむ。

きのふ山(やま)より摘(つ)みてかへれば、

紫苑(しおん)はなしぼみて、

すでに秋の愁ひをさそふ。

友よ、

やさしく胡弓(こきう)を磨(す)り、

遠くよりしも光(ひかり)を送れ。

ああ、わが故鄕(こけう)にあるの日(ひ)、

終日(ひねもす)怒(いか)りうゑを感じ、

手を高く蒼天(さうてん)のうへに伸(の)ぶ。

          ―一九一四、八、十四―

 

次に、その「大沼竹太郞氏を送る言葉」全文を、筑摩版全集の第十四巻をもとに示す。初出は総ルビであるが、それは再現されていない。前の抽出で打った読みはここでは除去した(底本第十四巻にも全くない)。また、表記の一部を校訂本文では全集編者が手を入れているが、校異に従って初出形に復元しておいた。太字は底本では傍点「ヽ」である。

   *

 

  大沼竹太郞氏を送る言葉

 

 大沼先生。

 あなたが、前橋を去つたといふことは、私にとつては耐えがたい悲哀である。

 あなたは、私の、唯一の伴奏者であり、同時に合奏者であり、そして又唯一の敎師であつた。私が吾妻の山中から歸つた時に、あなたは既に此の町を去つて居た。あれ程あなたの別れを惜んで戀ひしがつて居た此の故鄕の町にも、もはや秋らしいつめたい風が吹いて居た。

 いま、私は至純な詠嘆な氣分になつてひとりで、自分の樂器を鳴らさなければならない。その樂器の絲も無慘に切れはてて居る。

 旅に立つ前の日に、親しく私に話された、あの感傷的な、忌はしい御言葉を思ひ出す。ああ、迫害。

 戀びとのやうに懷かしいと言はれた、この第二の故鄕を、すげなく追はれてゆく藝術家の心、中年の音樂家の心を私はよく察することが出來る。

 私共は何故に、いつもいつも善良であるかわりに、いつもいつも寂しい人々であらねばならないのか。

 私は、どんな送別に際してもきまり文句の祝辭や、輕薄な淚をながすことが出來ない。何故ならば、私は自我主義者(えごいすと)であるから。エゴイストは他人のために淚をながさない。けれども自分のために流す淚は、他人のために流すそれよりも、どれほど尊いかわからない。それが人閒の、ほんとうの淚である。

 私はいま、なにも言はない。ただ眞實が生んだ一篇の詩を遠く居る、あなたの手許にささげる。

 

      立秋

        ――大沼竹太郞氏ニ捧グル詩――

 

遠く行く君が手に、

胡弓の箱はおもからむ。

きのふ山より摘みてかへれば、

紫苑はなしぼみて、

すでに秋の愁ひをさそふ。

友よ、

やさしく胡弓を磨り、

遠くよりしも光を送れ。

ああ、わが故鄕にあるの日、

終日怒りうゑを感じ、

手を高く蒼天のうへに伸ぶ。

        ――一九一四、八、十四――

 さらば、幸福なれ、わが友。

   *

因みに、私は萩原朔太郎は惜別文や追悼文の名手である思っている。この詩を含む文章もまことに素晴らしい。なお、その最たるものは「芥川龍之介の死」(リンク先は私の古いサイト版)をおいて他にはあるまいと考えている。

 次に、「習作集第九巻」の「立秋」を示すと、

 

 立秋 

       大沼氏に送る

 遠く行く君が手に

胡弓の篋は重からむ

きのふ山よりつみてかへれば

帰京すでに花しぼみ

はや秋のうれひを感ずさそふ

君よ

やさしく胡弓を磨り

遠くよりしも光を送れ

ああ、わが故鄕にあるの日

ひねもす怒り飢ゑを感じ

手を高く蒼空のうへにのぶ。

 

である。底本の編集者がどこから探してきたか判らぬが、既に失われた「九月」と題した別稿があった可能性を排除することは出来ない。]

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