「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 鑛夫の歌
鑛 夫 の 歌
めざめよ
み空の金鑛
かなしくうたうたひ
なみだたれ
われのみ土地を掘らんとす
土地は黥靑
なやましきしやべるぞ光る。
ああくらき綠をやぶり
天上よりきたるの光
いま秋ふかみ
あふげば
一脈の金は空にあり。
めざめよ
み空の金鑛
かなしくうたうたひ
なみだたれ
われなほ土地を掘らんとす。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。大正三(一九一四)年九月二日作で同年十月発行の『地上巡禮』初出とする。筑摩版全集でも、「拾遺詩篇」に同誌同月号として初出を載せる。以下に示す。誤字・歴史的仮名遣の誤りはママ。
鑛夫の歌
めざめよ、
み空の金鑛、
かなしくうたうたひ、
なみだたれ、
われのみ土地を堀らんとす、
土地は黥靑、
なやましきしやべるぞ光る。
ああくらき綠をやぶり、
天上よりきたるの光、
いま秋ふかみ、
あほげば、
一脈の金は空にあり。
めざめよ、
み空の金礦、
かなしくうたうたひ、
なみだたれ、
われなほ土地を堀らんとす。
―九月二日―
なお、「黥靑」であるが、見かけない熟語ではあるものの、「入れ墨」は「刺靑」とも書くから、「黥靑」でも意味は同義と判る。我れなる鑛夫が、内なる秘かな内面の土地を掘る刻すのを、「刺靑」に譬えたのは腑に落ちる。但し、ここで萩原朔太郎がこれを何と読んでいるかは、判らない。彼が、ひらがなの「てふてふ」(蝶々)をそのまま発音するべきだと言ったのは有名だが、「生活」に「らいふ」とたまさか振ってみたりと、漢字にはトンデモないルビを附すことでも知られる(因みに、ここでも「掘」を「堀」とするように(これは実は他の作家の原稿でもしばしば見られる慣用使用である)、萩原朔太郎の漢字の誤りや慣用使用は実に呆れるばかりに多く、その誤字使用を確信犯で内的に慣用化しているとしか思われない偏執的な特定文字も、ままある)。ここは「げいせい」か「いれずみ」であるが、音声として聴いた際には「げいせい」では、この漢字二字を直ちに想起出来る人間は皆無と思われ、されば、これは視覚上の面白さを狙いつつ、読みは「いれずみ」と読んでいると採るべきである。
なお、同様の印象を与える、本底本で後掲される「土地を掘るひと」があるが、これは詩想として無縁とは言えぬものの、直接的ヴァリアントではない。また、先行する「純銀の賽」の草稿題はよく似た「坑夫の歌」であるが、内容は全く異なる。]
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