「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 暮春 / 筑摩版全集に不載の幻しの一篇か?
暮 春
うすらあかりのさしそへる川べりづたひ
利根川の川なみ白きほとりより
われはや哀しき聲をあぐ
けふしも土筆つむにはあらねども
くらき河原にあるはわれひとり
石垣の堤に倒れ伏し
長く背脚をふるはせてしのび泣く
ああいかなればぞきのふにかはる身の上とはなりもはてしぞ
くめどもつきせぬ哀傷の涙の瀧川
げにあきらめられず
あきらめられず このことばかり
ああ故鄕に光ぞ
かくもさくらばな咲きづるころほひに
もつとも裂くるが如くなり
よべどせんなききのふの生活
あまりなるに
はやはや君をかへらしめよと。
[やぶちゃん注:この詩篇、底本巻末の「詩作品年譜」には出所を「ノオト」とする。ところが、筑摩版全集のどこを探しても、この詩篇は存在しない。索引は勿論(「暮春」はない)、詩篇の原稿散佚篇や膨大な「ノート」も管見したが、載らない。似たような詩篇はあっても(彼は利根川べりをロケーションとした詩篇を非常に多く書いている)、この文字列のものは、ざっと見ても載らないのである。新潮社版全集(底本の前に出たもの)の「遺稿上」から三十二篇を引いた「原稿散逸詩篇」パートがあるが、やはり似たようなものはあっても、この詩篇は載らない(これは私が底本とする本書が、その後、新たに本書のために探索をし、見つかったものをも加えたものである可能性が高いからと言えるように思われる)。全集各巻の月報の補遺や、差し込みの追記も見たが、ない。というより、私は初版全集(筑摩書房・一九七五年~一九七八年刊行)のそれ以外に、一九八九年の同全集補訂版刊行時に新たに「補卷」として加えられたその巻(その巻だけ買った)も所持しているが、これの補遺にも存在せず、新たに作られたその「補卷」の索引にも「暮春」のタイトルは存在しないのである。則ち、天下のかの完璧と思われた今ではなかなか考えられぬ漢字正字表記(編者解説もである。但し、そちらは流石に歴史的仮名遣ではない)の「萩原朔太郎全集」の完璧と思われた金字塔にも漏れがあったということになる。言わずもがなであるが、ネット上にも、本詩篇はみつからない(萩原朔太郎は私以上にフリークの方が多く、所謂、拾遺詩篇や未発表詩篇を電子化している方も多い)。私の不審を氷解して下さる情報(以上の探索は膨大な量なので、落ちがないとは、無論、言えない。但し、現在までの最新と思われる「索引」に詩篇「暮春」がない事実は重い)をご存知の方は是非とも、お教え願いたい。]
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