「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 晶玉の塔 / 筑摩版全集不載の「感傷の塔」の幻しの草稿
晶 玉 の 塔
晶玉の塔は額(ひたひ)にきづかる
螢をもつて窓をあかるくなし
塔はするどく靑らみ空に立つ
ああ我が塔をきづくの額は血みどろ
肉やぶれ いたみふんすゐすれども
なやましき感傷の塔は光に向ひて伸長す。
いやさらに愁ひはとがりたり
きのふきみのくちびる吸ひてきづつけ
かへれば琥珀の石もて魚をかへり
かの風景をして水盤に泳がしむるの日は
遠望の魚鳥ゆゑなきにきえ
塔をきづくの額はとがれて
はや秋は晶玉の光をつめたくうつせり。
[やぶちゃん注:「きづつけ」はママ。底本では推定で大正三(一九一四)年の作とし、『遺稿』とある。この題名では、筑摩版全集(補巻の索引にも不掲載)には所収しない。但し、非常によく似た詩として、「拾遺詩篇」に、大正三年十月号に『詩歌』に掲載された「感傷の塔」があり、これは既に二〇一三年十二月にブログで電子化してあるので比較されたいが、似ているが、一目瞭然、同一ではないから、この「感傷の塔」の幻しの草稿かと推定される。またしても、知らない萩原朔太郎の詩篇がここに出現した。]
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