「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第一(「愛憐詩篇」時代)」 浮名
浮 名
浮名をいとはば舟(ふね)にのれ
舟はながれゆく
いま櫓櫂(ろかい)の音(おと)を絕え
風も雨も晴れしあけぼのに
よしあしぐさのみだるる渚をすぎ
舟はすいすいと流れゆくなり
ああ舟にのりて行かば
くるほしきなみの亂れもここちよく
ちのみごの夜びえする
あやしきこゑもきかであるべきに
ふるとせひとにかくれて
わがはぐくみしいろぐさのはや涸れぬとぞ
けふきけば薄葉(うすえふ)に涙しほるる
よしゑやし
悲しきものはあだがたき 君ならなくに
はやも我が世をのがれいでばや
[やぶちゃん注:初出は大正三(一九一四)年五月号『創作』。以下に示す。
浮名
浮名(うきな)をいとはゞ舟(ふね)にのれ、
舟はながれゆく、
いま櫓櫂(ろかい)の音(おと)を絕え、
風も雨も晴れしあけぼのに、
よしあしぐさのみだるる渚をすぎ、
舟はすいすいと流れゆくなり。
あゝ舟にのりて行かば
くるほしきなみの亂れもここちよく、
ちのみごの夜びえする、
あやしきこゑもきかであるべきに、
ふるとせひとにかくれて、
わがはぐくみしいろぐさのはや涸れぬとぞ、
けふきけば薄葉(うすやう)に淚しほるる、
えしやえし、
悲しきものはあだがたき、君ならなくに、
はやも我が世をのがれいでばや。
筑摩版全集校訂本文では、十三行目「しほるる」を「しをるる」と訂する。「習作集第九巻」の「浮名」は、
浮名
浮名をいとはゞ舟にのれ
舟はながれゆく
いま櫓櫂の音(おと)を絕え
風も雨もはれしあけぼのに
よしあしぐさの亂るゝ渚をすぎ
舟はすいすいと流れゆくなり。
あゝ舟にのりて行かば
くるほしき浪のみだれもこゝちよく
ちのみごの夜びえする
あやしき呪もきかであるべきに。
ふるとせ心ひとにかくれて、
わがはぐくみしいろぐさのはやしほれぬかれぬとぞ
けふきけば薄葉に淚しほるゝ
えしやえし、
哀しきものはあだがたき
君ならなくに
はやもわが世をのがれいではや。
である。]
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