萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 月見草
月 見 草
咲きいでたるは月見草
海近き帷幕(あげはり)の影に座りて
日中は哀しくしほれたり
わがごとも物を思へや月見ぐさ
ああ、この花の黃色きを見てあれば
こころまたひとつになりて人を戀ふ
たれを待つとしなけれども
かくも素直にわが待ち居れば
そつと來て接吻(くちづけ)のして欲しや
たれにてもあれ
にほひよき少女ほしやとうち嘆く
わが若き瞳のみづみづしさと悲しさと
空の靑きに鳥とんで
さらさらと砂は素脛(すはぎ)をこぼれおつ
この長き濱邊にあるはわれ一人
ああただ一人
たそがれて月見草の花は咲き出づ。
[やぶちゃん注:「帷幕(あげはり)」は「幄舍」(あくしゃ)で、四隅に柱を立て、棟・檐 (のき) を渡して布帛 (ふはく) で覆った仮小屋。ここは漁師小屋であろう。
本篇は「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」の「月見草」と酷似する(相同ではない)。以下に示す。「しほれたり」はママ。
月見草
咲きいでたるは月見草
海近き帷幕(あげはり)の影に座りて
日中は哀しく しほれたり
わがごとも物を思へや月見草
あゝ この花の黃いろきを見てあれば
こゝろまたひとつになりて人を戀ふ
たれを待つとはしはなけれども
かくも素直にわが待ち居れば
そつと来て 接吻(くちづけ)のして欲しや
たれにてもあれ
にほひよき女欲しやとうち嘆く
我が若き瞳のみづみづしさと哀しさと
空の蒼きに鳥飛んで
さらさらと砂は素脛をこぼれ落つ
この長き濱邊にあるは我れ一人
あゝたゞ人
たそがれて月見草の花は咲き出づ。
(一九一三、五)
編者注に、『題名の下にG.Sと記されている』とある。前篇と同じく、有意に表記上の違いが見られることから、やはり、小学館版の本篇のソースは「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」とは別の未発信書簡に記された詩篇であり、「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」にあるクレジット「一九一三」(大正二年)よりも以前に独立して記された別草稿である可能性が浮上してくる。]