萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 絕望の足 /筑摩版全集所収の「絕望の足」とは異なる別稿
絕 望 の 足
魚のやうに空氣をもとめて
よつぱらつて町をあるいてゐる私の足です
東京市中の堀割から浮びあがるところの足です
さびしき足
さびしき足
よろよろと道に倒れる人足の足
それよりももつと甚だしくよごれた絕望の足。
その足うらより月はのぼりて
家々の家根はいちめんに黑し
あらゆるものを失ひ
あらゆる幸福のまぼろしをたづねて
東京市中に徘徊する足
よごれはてた病氣の足
さびしい人格の足、
ひとりものの異性に飢えたる足
よつぱらつて堀ばたを步く足
ああ、心中になにをもとめんとて
かくもみづからをはづかしむる日なるか
よろよろとしてもたれる電信柱
はげしき啜りなきをこらへるこころ
ながく道路にたほれむとする絕望の足である。
[やぶちゃん注:筑摩書房版全集には、「拾遺詩篇」に同題の詩が載るが(初出は大正六(一九一七)年六月号『秀才文壇』)、明らかに有意な異同がある。以下に示す。太字は底本では傍点「ヽ」。後ろから二行目の「こらえる」はママ。
*
絕望の足
魚のやうに空氣をもとめて、
よつぱらつて町をあるいてゐる私の足です、
東京市中の堀割から浮びあがるところの足です、
さびしき足、
さびしき足、
よろよろと道に倒れる人足の足、
それよりももつと甚だしくよごれた絶望の足、
あらゆるものをうしなひ、
あらゆる幸福のまぼろしをたづねて、
東京市中を徘徊するよひどれの足、
よごれはてたる病氣の足、
さびしい人格の足、
ひとりものの異性に飢ゑたる足、
よつぱらつて堀ばたをあるく足、
ああ、こころの中になにをもとめんとて、
かくもみづからをはづかしむる日なるか、
よろよろとしてもたるる電信柱、
はげしきすすりなきをこらえるこころ、
ああ、ながく道路に倒れむとする絕望の足です。
*
これは最早、同一決定稿でないことは明白である。]
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