萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 拾遺詩篇 情慾 / 筑摩版「拾遺詩篇」所収の「磨かれたる金屬の手」の別稿
磨かれたる金屬の手
手はえれき
手はぷらちな
手はらうまちずむのいたみ
手は樹心に光り
魚に光り
墓石に光り
手はあきらかに光る
ゆくところ
すでに肢體をはなれ
炎に灼熱し狂氣し
指ひらき啓示さるるところの
手は宇宙にありて光る
光る金屬の我れの手くび
するどく磨かれ
われの瞳めしひ
われの肉をやぶり
われの骨をきづくにより
恐るべし恐るべし
手は白き疾患のらぢうむ
ゆびいたみ烈しくなり
われひそかに針をのむ。
[やぶちゃん注:太字箇所は底本では傍点「ヽ」。底本の「詩作品發表年譜」によれば、初出誌を大正三年十一月発行の『詩歌』とする。筑摩書房版全集でも「拾遺詩篇」に載り、同雑誌の同年十一月号とする。但し、その初出とは微妙に異なる箇所がある。以下に示す。太字は同前。「きづゝくにより」はママ。「傷つくにより」であるから、「きずつくにより」が正しい。
*
磨かれたる金屬の手
手はえれき、
手はぷらちな、
手はらうまちずむのいたみ、
手は樹心に光り、
魚に光り、
墓石に光り、
手はあきらかに光る、
ゆくところ、
すでに肢體をはなれ、
炎々灼熱し狂氣し、
指ひらき啓示さるゝところの、
手は宙宇にありて光る、
光る金屬の我れの手くび、
するどく磨かれ、
われの瞳(め)をめしひ、
われの肉をやぶり、
われの骨をきづゝくにより、
恐るべし恐るべし、
手は白き疾患のらぢうむ、
ゆびいたみ烈しくなり、
われひそかに針をのむ、
*
私は本篇は敢然として筑摩版の初出決定稿の草稿と断ずる。何故なら、「われの骨をきづくにより」という誤記・誤表記は萩原朔太郎によく見られる原稿の誤りと極めて親和性が強いからである。]
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