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2021/12/01

萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 (無題)(ふかい路を下つてゆくと) / 筑摩版全集の『草稿詩篇「未發表詩篇」』に載る草稿を整序したものと酷似する(恐らくは同一)詩篇

 

  

ふかい路を下つてゆくと

たうたうといふ水の音がきこえた

どこかでおほきな瀧が流れてゐる

どこかに夢のやうな神が眠つてゐる

山みちをこえる旅びとは

 

[やぶちゃん注:「」は本底本では判読不能字を示す。筑摩版全集では、まず、前部が強い相似を示す詩篇が「未發表詩篇」に以下のように載る。「みやまりんどう」の表記はママ。「どこかでおほきな橋が流れてゐる」は不審だが、ママ。

   *

 

 ○

 

ふかい山みちを步いてゐる

たうたうといふ水の音がきこえるやうだ

どこかでおほきな橋が流れてゐる

 

高い山みちにはのいたゞきには

みやまりんどうの花が咲いてゐた

 

   *

ところが、後に筑摩版編者によって、『本稿は『月に吠える』の「海水旅館」』(決定稿はこれ。リンク先は私のブログの正規表現版)『の草稿と同一用紙の左上方に書かれている。別稿にもとづき一行目末尾に「と」を補った(本卷四九一頁參照)』(これは筑摩版編者の分をはみ出た不当な捏造であるから、上記の電子化では除去した)。『また三行目の「橋」は草稿では瀧となっている。』とある。そこで、その参照指示のある、同全集同三巻の『草稿詩篇「未發表詩篇」』の方を以下に示す。仮題は『○(ふかい山みちを步いてゐると』で、『(本稿原稿二種二枚)』とあるものである。

   *

 

 ○

 

ふかい 山路を下つてゆくと

たうたうといふ水の音がきこえた

どこかで 夢のやうな建築がある

しぜんに谷の底から

溫泉のどこかでおほきな瀧が流れてゐる

どこかに夢のやうな建築が眠つてゐる

山みちを 建築 たよりない旅びとの心が つかれた旅びとの心に

山みちのくらい竹やぶ のかげから にそふて

山みちをこえる旅びとは眼をあげてみると

まるい山の上にまた山が重なつてゐた、

 

   *

而して、以上の後に、ポイント落ち全体が二字下げで以下の注記がある。

   ◆

*同じ用紙の前半に次の一行及び四行が書かれている。

 

 ながるるごとき風の海濱の砂丘の上に

 

 高い丘を風がながれていゐる

 風はながれるや

  風にふかれてたゝずむ

 草をの花

 

*また同じ用紙裏面には「(ふかい山みちを步いてゐると)」本文と、『月に吠える』の「海水旅館」草稿とが書かれている。

   ◆

とある。しかし、先に掲げた筑摩版の二種の草稿の後者を整序してみると、

   *

 

 ○

 

ふかい山路を下つてゆくと

たうたうといふ水の音がきこえた

どこかでおほきな瀧が流れてゐる

どこかに夢のやうな建築が眠つてゐる

山みちをこえる旅びとは

 

   *

となって、本篇と酷似することが判る。一行目の「ふかい 山路を下つてゆくと」の抹消線が下方の山の最終画に触れていれば、それも削除対象と判読してもおかしくなく、「建築」も、見えない大きな瀧の瀑布音がする、山越えをせねばならぬ奥深い山中に、幻想の「建築」があるとは普通は思わないから、朔太郎のひどい崩し字の「建築」を「建築」とは読めず、それらしい「神*」と誤って読んだとしても、これまた、おかしくない。小学館編者の見たのは、まさしく、この筑摩版に載る後者の原稿であったと私は断言するものである。

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