萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 硝子製煉場 / 筑摩書房版「未發表詩篇」採用の「硝子製煉場」草稿の別ヴァージョン
硝 子 製 煉 場
つめたい大理石の扉
磨きあげた眞鍮の外壁
不思議な工場は天使のやうに眠つて居る
けれども眼は地上でもえて居る
狡猾な眼はいきものの眼はいつも張りきつて居る
内部はせわしないくろんぼの幽靈
妖怪めいた五色のルツボ
それが扉のすきまから見える
へんな魂のめばえが
細長いくだのさきでふくらむところ
諸君のあやしい姿をかくせ
ああ、諸君
忠實なる私の職工
お早う
さてみなさん
このぎやまんの林檎を御覽下さい
おおなんと磨きあげた琥珀の林檎
奇蹟のはらんだ林檎
靈智のわすれた林檎
編註 「靈智のわすれた林檎」の次に一行あるも判讀しがたく、削除した。
[やぶちゃん注:「せわしない」はママ。筑摩版全集では「未發表詩篇」に推敲草稿が以下のように載る。二行目の字空けは原稿のまま。歴史的仮名遣の誤りや衍字もそのままである。
*
硝子製煉場
つめたい大理石の扉
磨きあげた眞 の外壁
この不思議な工場は天使のやう→死のやう天使のやうに眠つて居る、
まるで いつも天使の眼のやうに眠つてゐる、
けれども人間の眼は地上でもえて居る
實に狡猾な人間いきものゝ狡猾な眼はよく知つて居るいつも張りきつて居る、
けれども内部はせわしないくろんぼの幽れい
妖怪めいた虹の溶液五色のルツボ
それが扉のすきまから見える
へんな魂のめばへが
細長いくだのさきでふくらむ光景も→ありさまところ
ああ、諸君
忠實なる私の職工、
諸君のあやしい姿をかくせ
秘密の注文
眼に見えない
まだ休息の時にははやい
仕上げの秘密にはまだ時がある、
そのうへにもなんとみ給へよろこんでください
気をつけ給へ
お早う
さて諸君みなさん
私の右の掌のうへをこのぎやまんの林檎を御覽ん下さい
おおなんと奇麗な林ご
おゝなんと磨いたきあげた★琥珀//玻璃★の林ゴ
[やぶちゃん注:「★」「//」は私が附した。「琥珀」と「瑠璃」とが並置残存していることを示す。後も同じ。]
奇蹟のはらんだ林檎
靈智のわすれた林檎
*
本篇には筑摩版編者の注が以下のようにある。『二行七字目は原稿では空きのまま。「鍮」と推定されるので上欄本文にはこれを補った。また第二連四行目の「注文」は消し忘れと思われるので上欄本文では抹消した。』とある。これは穏当な判断ではある(「鍮」の欠損は朔太郎が漢字を思い出せず、後の漢字表記を期した意識的欠字である)。しかし、校訂本文は採用せず、あくまで推敲原稿を整序して以下に示す。但し、「眞鍮」は本篇から見ても間違いないので、「鍮」を挿入した。
*
硝子製煉場
つめたい大理石の扉
磨きあげた眞鍮の外壁
不思議な工場は天使のやうに眠つて居る、
けれども眼は地上でもえて居る
いきものゝ狡猾な眼はいつも張りきつて居る、
けれども内部はせわしないくろんぼの幽れい
妖怪めいた五色のルツボ
それが扉のすきまから見える
へんな魂のめばへが
細長いくだのさきでふくらむところ
ああ、諸君
忠實なる私の職工、
諸君のあやしい姿をかくせ
注文
まだ休息の時にははやい
仕上げの秘密には時がある、
そのうへにもなんとよろこんでください
お早う
さてみなさん
このぎやまんの林檎を御覽ん下さい
おゝなんときあげた★琥珀//玻璃★の林ゴ
奇蹟のはらんだ林檎
靈智のわすれた林檎
*
以上を本篇と並べてみても、細部に異同がある。私は、この筑摩版編者が採用した原稿よりも後に改稿した草稿が本篇のソースではないかと推定している。]
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