萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 あいんざあむ
あいんざあむ
じめじめした土壤の中から
ぽつくり土をもちあげて
白い菌のるいが
出る
出る
出る
この出る菌のあたまが
まつくらの林の中で
ほんのり光る。
すこしはなれたところから
しつとり濡れた顏が
ぼんやりとみつめて居た。
[やぶちゃん注:「るい」はママ(「類」であるから、歴史的仮名遣は「るゐ」が正しい)。「あいんざあむ」はドイツ語の‘einsam’(アインザーム)で、「孤独な・独りの・淋しい」(他に「人里離れた・辺鄙な」の意もある)という形容詞。「菌」は「きのこ」。筑摩書房版全集では、「未發表詩篇」に、同題で以下のようにある。
*
あいんざあむ
じめじめした土壤の中から、
ぽつくり土をもちあげて、
白い菌のるいが、
出る、
出る、
出る、
この出る菌のあたまもが、
まつくらの林の中で、
ほんのり光る。
すこしはなれたところから、
しつとり濡れた顏が、
ぼんやりとみつめて居た。
*
同一草稿と考えてよい。なお、本篇には筑摩版全集の『草稿詩篇「未發表詩篇」」に「孤獨を哀しむ人」と題した草稿がある。以下に示す。表記は総てママ。
寂寥
孤獨を哀しむ男人
戀しければ
女を抱きしめ
じめじめした土壤の中から
菌のたぐひ
ぽつくり土をあげて
光る白いきのこの が出のるゐが
出る
出る
出る
この出る、菌の目鼻あまたが
ぴかぴかまつくらの林の中で
ほんのり光る*一列に//春の雨かな*
[やぶちゃん注:「*」と「//」は私が附したもので、「一列に」と「春の雨かな」とが並置残存していることを示す。]
すこしはなれた*場所で地位に立つて//ところから*
すこし*はなれた//遠いところから*
[やぶちゃん注:以上の二行は実際には一行であるが、指示し難いのでかくした。「すこし」は一つで、「はなれた」と「遠いところから」が並置残存するとともに、前の「はなれた」の後が「場所で地位に立つて」と「ところから」がさらに並置残存していることを示す。]
白い顏が
くらい林の中で
それをぼんやりみつめて居た
それをみるとて 泣 淚ぐむ
かなしみいまはたえがたく
林の中をうかゞへば
梢にくもは雨にぬれ
白き雨こそそそぎけり
*
最後に編者注があり、『草稿の右下部に「EINSAM」と書いてある』とある。]
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