萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 (無題)(山の森の中に住んでゐると) / 筑摩版全集未収録詩篇
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山の森の中に住んでゐると
くさつた食物がきらひになる
うまい羊の肉がたべたいね
まつ白い手袋をはめこんで
いちばん上等の夫人たちと
每朝なかよしで散步がしてゐたい
もう少しして日陰の雪がとけだしたら
ほんとにわたしをたづねておくれよみるくの皿にうぐひす菜のさらだをつけますよ
鉋丁なんかぴかぴかさせて
テーブルのすみからすみがきたてるんだ
ああどんなにおれがやつれはててしまつたか
どんなにおれがかわいさうな子供になつたか
おれは每日二階の窓によりかかつて
遠い森のはづれをながめてゐる。
[やぶちゃん注:「うぐひす菜」「鶯菜」で、広義にはコマツナ・アブラナ・カブなどの菜の類を総称し、春に十センチメートルほどに伸びたものを「つまみ菜」とするものを指すが、狭義には特にコマツナを指すことが多く、鶯が鳴く頃に出、色も似ているところから、かく、言う。「鉋丁」は「かんな」と当て訓しておく。筑摩版全集の一九八九年刊の増補された補巻の索引にも載らない筑摩版全集未収録詩篇である。]
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