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2021/11/30

萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 利根川の松林

 

  利根川の松林

 

むかしはよくあの松林を步いたものだ

いまでもあの松林へ行つてみると

うすやみの中にきのこが生えてゐたり

道ばたに椎の實のたぐひがおつこちてゐる

いつもゆめみるやうな木立のあたりから白い利根川が流れてゐる。

ところどころの砂の上には

蟻地獄の穴がくぼんでゐる

まがつた小松の列がいちめんに靑くつづいてみえる

わたしはそこいらの石の上に腰をかけて詠嘆をする

わざとらしく詩人ぶつた表情をしてみたりする

むかしはそのへんで小娘たちとあひびきをした

父に叱られて泣きにきたこともあつた

女が戀しさに抱きついた樹木もおぼえてゐる

なにもかも夢のやうだ

いまでも利根川は白くながれてゐるけれども

 

[やぶちゃん注:本篇は筑摩書房版全集では『草稿詩篇「原稿散逸詩篇」』にあるが、小学館版「萩原朔太郞全集」元版の「別册 遺稿上卷」からの転載であり、既に原稿が失われていることが判る。ところが、ここで今回、本底本が原拠としていると考えてよい、その小学館版「萩原朔太郞全集」の「別册 遺稿上卷」に載るものを、このコンパクト版では、新たに校訂して、少なくとも、この詩篇に於いては、歴史的仮名遣の誤りの一部や誤記(或いは誤植)を強制的補正(注記がない点で強制である)している(私が筑摩版の校訂本文を皮肉って言っている謂いでは「消毒」)ことが判明した。筑摩版は同全集からまず、そのまま引き写し乍らも、歴史的仮名遣の誤りや助詞の誤りを、筑摩版全集の絶対校訂規則に則り、〔 〕で誤りを補訂しているからである。それは以下の三箇所である。

・「まがつた小松の列がいちめんに靑くつづいてみへ〔え〕る」

・「女が戀しさた〔に〕抱きついた樹木もおぼへ〔え〕てゐる」(二箇所)

則ち、本底本は、やはり、元版全集を進化させていることは疑いがないことがはっきりした。さらに、私は以前にも述べた通り、筑摩版全集には、この小学館のコンパクト版「萩原朔太郎詩集」叢書が書誌リストに全く載っていないことから、この叢書シリーズをそもそも校合対象としていないのであり、私はこの叢書で初めて(則ち、元版小学館版「萩原朔太郎全集」の刊行以降に小学館コンパクト版「萩原朔太郎詩集」叢書編集者が見出した遺稿・草稿・断片を、伝家の宝刀の如く崇められている筑摩版「萩原朔太郎全集」は、実に、今日只今に至るまで、全くカヴァーせず、校訂どころか参考にさえもせず、幻しのそれらを、平然と放置し続けているという事実を知るに至ったのである。

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