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« ウィキペディアをやめた | トップページ | 萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 波浮 »

2021/11/27

萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 編者前書・「靜夜」

 

    遺 稿 詩 篇

 

[やぶちゃん注:パート標題。その裏に以下の編者注。]

 

 

編註 「松葉に光る」『月に吠える』當時より『靑猫』の年代に到る作品中、ノオト、紙片その他に書きつけたまま、雜誌等に發表もしなかつた詩はずゐぶん澤山にあり、これを既刊『遺稿詩集』『氷島』の中にも收錄したが、その殘餘のものをここに集め「遺稿詩篇」とした。このほかになほ「洋燈の下で」(『四季』昭和十七年九月號掲載)その他一、二の作品があつたが、都合によりこれは收錄しなかつた。

 

創作年代 「波浮」はノオトに書かれており、その詩風は『靑猫』時代に屬する。「路次について」「絕望の足」「ある場所に眠る」(つかれきつた魂)は『氷島』中に收錄の「都會と田舍」と同じノオトに書かれてゐる點から推して大正六年ころの作品と思はれる。「おれの部屋」は大正五年ころ、「夜」は大正四年、「病氣の探偵」は大正三年と推定してほぼ誤りないと思はれる。

[やぶちゃん注:「松葉に光る」これは第三詩集「蝶に夢む」の後半に配された「松葉に光る   詩集後篇」と標題された詩篇群を指す。そこで萩原朔太郎は注して、

   *

この章に集めた詩は、「月に吠える」の前半にある「天上縊死」「竹と哀傷」等の作と同時代のもので、私の詩風としては極めて初期のものに屬する。すべて「月に吠える」前派の傾向と見られたい。但し内八篇は同じ詩集から再錄した。

   *

と語っていることに由来するものである。なお、同詩篇群のパート標題となっている詩篇「松葉に光る」は『萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 拾遺詩篇 編者前書・「供養」 / 筑摩版「拾遺詩篇」所収の「供養」の別稿』の注で電子化してある。

「既刊『遺稿詩集』『氷島』」本小学館コンパクト版シリーズ「萩原朔太郎詩集」のそれ。「遺稿詩集」(「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」)はこのブログ・カテゴリ「萩原朔太郎」で初版原拠正規表現版として全電子化注済み。「氷島」は同シリーズのそれ(「萩原朔太郎詩集 Ⅲ 氷島」)。国立国会図書館デジタルコレクションのこちらで全篇を視認出来る。なお、詩集「氷島」もこのブログ・カテゴリ「萩原朔太郎」で初版原拠正規表現版として全電子化注済み。

「洋燈の下で」「ランプのしたで」と読んでいるものと思われる(筑摩版索引では「ラ行」に配置されてある)。同全集の「拾遺詩篇」に載るものを示す。歴史的仮名遣の誤りはママ。太字は底本では傍点「ヽ」。

   *

 

 洋燈の下で

 

僕は暗い洋燈の下で

鉛筆の心がボロボロに折れ切るまで

百度(たび)も女の名を書き散らした。

悲しい戀愛!

こんな紙屑が何になろう。

僕は人生から長靴をはき

泥濘の苦しい道を步いて來た。

酷烈の孤獨に忍び

革でさへも食ひ切つてきた。

僕の血には糊がついてる

そいつをべつたりと塗りつくやうな

烈しい情緖なんかどこにもなかつた。

僕は眞暗の壁に向つて

厭世思想のダイナマイトを密造してきた。

どこに復讐を叩きつけるか

僕は勇氣さへも無くしてしまつた。

さうして冬近い東京に漂泊し

かなしい愛欲に溺れてゐる

ああ歌!

氷のやうに冷たい瞳(め)をして

愛も憐憫もない無情の少女(おとめ)

明日は人妻に行く女を戀して

百度もその人の名を書き散らしてゐる。

悲しい戀愛!

こんな紙屑が何になろう。

僕はもう一切を無くしてしまつた。

   *

収録をしなかった理由は不明だが、「エレナ」詩篇の一つと見て間違いない。]

 

 

  靜  夜

 

ぷらちなの靑い寫眞を

往來の窓にかける

かける窓の上の

塔のてつぺんで

やせぎすの玻璃の手くび

ぷらちなの女の手くび。

星が光る

街中に星が光る。

 

[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。筑摩版全集では「未發表詩篇」に以下のように出る。歴史的仮名遣の誤りはママ。

   *

 

 靜夜

 

ぷらちなの靑い寫眞を、

往來の窓にかける、

そうしてぢつと淚ぐみ、

かける窓の上の、

塔のてつぺんで、

やせぎすの玻璃の手くび、

ぷらちなの女の手くび。

星が光る、

街中に星が光る。

 

   *

本篇と同一原稿と考えてよかろう。なお、同筑摩版では、編者注があり、『「習作集第九卷」の「寫眞」別稿(本全集第二卷五二一頁)。』とある。以下にそれ(「習作集第九卷(愛憐詩篇ノート)」中の一篇)を示す。

   *

 

 寫眞

 

ぷらちなの靑い寫眞を

往來の窓にかける

窓の上の

他界てつぺんで

やせぎすの奇體の手くび

ぷらちなの女の手くび

星が光る

街中に星が光る

 

   *]

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