「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」(小学館版)「第三(『月に吠える』時代)」 (無題)(あたらしい座敷へ蚊帳を吊つてねてゐると)
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あたらしい座敷へ蚊帳を吊つてねてゐると
おもての方で蛙の聲がきこえる
空も畑もいちめんの蛙のやうにおもはれる
二階の緣ばたからさきは
はてしもない野原になつてゐるやうだ
さびしい風が吹いてゐる
ちひさな畠やくづ葉のやうなものが
あちこちに
ひらひらとうごいてゐる
しづかに蚊帳のなかでめをつぶつてゐると
はるばるとほい國へきた旅びとのやうな思ひがする。
[やぶちゃん注:底本は推定で大正五(一九一六)年とし、『遺稿』とある。筑摩版全集では『草稿詩篇 「原稿散逸詩篇」』にあるが、それは本底本に先行する小学館版「萩原朔太郎全集遺稿上」から転載されたもので、既に原稿は失われているようである。筑摩版では、七行目の「くづ葉」は「くず葉」の誤記とする『〔ず〕』の挿入がある。「葛葉」であろうから、この消毒は、まず、正当であろう。]
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