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2021/11/25

萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 拾遺詩篇 玩具箱 ―人形及び動物のいろいろとその生活 / 筑摩版「拾遺詩篇」所収の「玩具箱 ―人形及び動物のいろいろとその生活―」の別稿 附・幻しの三篇組詩「玩具箱」の不完全再現の試み

 

  玩 具 箱

     ―人形及び動物のいろいろとその生活―

 

   

 

靑い服をきた獵人が

釣竿のやうなてつぽうをかついで

わん つう、わん つう、

このへんにそつくりかへつた主人のうしろから

木製のしなびきつた犬が

尻尾のさきをひよこつかせ

わん つう、わん つう。

 

   

 

さむしい Hotel の臺所で

のすたるぢやのメリイが泣いて居る。

ほんのり光る玉菜のかげから

ぜんまい仕かけで

鼠がひよつくり顏を出した。

 

  *これは『朝、晝、夕』の三篇の組詩と
  して雜誌に掲載されたが、このうち『晝』
  は「野景」と改題して『蝶を夢む』に收錄
  した。

 

[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。底本の「詩作品發表年譜」によれば(左ページ「225」の二行目だが、次の「竹の根の先を掘る人」と頭の植字を誤植していて、「竹具箱」になってしまっている)、初出誌を大正四(一九一五)年一月発行の『白金帖』とする。筑摩書房版全集でも「拾遺詩篇」に載り、同雑誌の同年十一月号とするのであるが、同全集は、後注で、この初出誌を入手することが出来なかったとし、しかし、『筆寫原稿が殘っているので、右はそれによった』とある(後掲する)。この、注、何故、単に「原稿」と言わずに、『筆寫原稿』と言ったのだろう? 手書きの元原稿なら、「決定稿」或いは「脱稿原稿」「送付原稿」でよい。『筆寫原稿』とは、萩原朔太郎自身が、何故か判らないが(草稿も手元になく、脱稿した決定稿も返却されなかったためか)、仕方なく、当該雑誌から書き写した、という意味にしか採れない表現である。しかも、全集が載せる、その『筆寫原稿』は、本篇とは微妙に異なるのである。以下に示す。太字は同前。

   ◆

 

 玩具箱

    ―人形及び動物のいろいろとその生活―

 

     朝

 

靑い服をきた獵人が、

釣竿のやうなてつぽうをかついで、

わん、つう、わん、つう、

このへんにそつくりかへつた主人のうしろから、

木製のしなびきつた犬が、

尻尾のさきをひよこつかせ、

わん、つう、わん、つう。

 

     夕

 

さむしい Hotel の臺所で、

のすたるぢやのメリイが泣いて居る、

ほんのり光る玉菜のかげから、

ぜんまい仕かけで、

鼠がひよつくり顏を出した。

 

  * 掲載誌は未入手だが、筆寫原稿が殘
    っているので、右はそれによった。
  * 同時發表の「晝」は「野景」として
    『蝶に夢む』に收錄。

 

   ◆

まず、本篇と、この全集の『筆寫原稿』詩篇とでは、本篇では、

・副題の終りのダッシュがないこと。

・非常に多くの読点が一致しないこと。

・「朝」の四行目の「へん」の傍点がないこと。

有意に異なる。則ち、推定するに、小学館版の編者は、幸いにして、初出誌『白銀帖』の三つの詩篇から成るものの実物(原稿ではない)を管見することができ、そこから、後に再録されることがなかった、この二篇を抽出した、と考えてよいのではあるまいか? 

 なお、

――『蝶を夢む』で「野景」と解題して単独で再録(手を加えている可能性は頗る高い。決定稿は以下に示した)した「晝」との三篇構成の組詩を、恐らく、現在、我々は読むことが出来ない

のである。因みに、「蝶を夢む」に所収された「晝」を決定稿は以下である。

   *


 

 野景

弓なりにしなつた竿の先で

小魚がいつぴき ぴちぴちはねてゐる

おやぢは得意で有頂天だが

あいにく世間がしづまりかへつて

遠い牧場では

牛がよそつぽをむいてゐる。

 

   *

 そこで、筑摩書房版全集の『筆寫原稿』という謂いへの不審が再燃する。

 先に推理したような事情で朔太郎が筆写した原稿というのが、あるとなら、

――朔太郎が組詩であるはずのものから、「晝」をわざわざ除去して自ら写した可能性は百%あり得ない

からである。しかし、同全集の詩集『蝶を夢む』の「野景」には、下方にあるべき初出形参照が、全くないのである(上記引用と同じ形で三篇組詩の『筆寫原稿』から、として載せることが出来るはずである)。これは、甚だ不審と言わざるを得ない。

 ところが、同全集には、

――「草稿詩篇 蝶を夢む」に、『野景(本篇原稿六種七枚)』と仮題して、ズバリ! 「晝」と題した、その中の草稿一篇のみが活字化されている

のである。これは組詩の二番目にあった「晝」の決定稿ではないものの、

――これを、以上の筑摩書房版の『筆寫原稿』の間に挟み込めば、原「玩具箱」の雰囲気をある程度、復元出来るのではないか?

と、私は考えた。それを以下に示す。草稿であるから、まず、削除などが含まれているそれをそもまま単独で示す(歴史的仮名遣の誤りはママ。筑摩版編者注附)。

   ◇

 

  釣竿

  

 

弓のやうにまがつた竿の先で

目高が一疋ぴちぴちはねてる

おやぢはいつしよけんめいだが

(おやぢはとくいで有頂天だが)

あいにく牛でさえも界はけんがしいんとして居る→しづまりかへつてしいんとして

遠くの牧場では牛でさへも晝寢 をして居る→をしてる して居る、よそつぽをむいて居る、

 

  *「幼年思慕扁〔篇〕、」「幼年詩扁〔篇〕、

   玩具箱ヨリ、」と附記された別稿もある。

 

   ◇

以下、以上の削除を除去したもの、さらに、三行目と四行目にある並置残存については、決定稿を鑑み、丸括弧で後から添えられた四行目を採り、三行目を除去したものを、先の筑摩版の「朝」と「夕」の間に挟み込み、三篇組詩「玩具箱」の不完全復元版として以下に示すものである。

   §   §   §

 

 玩 具 箱

    ―人形及び動物のいろいろとその生活―

 

     

 

靑い服をきた獵人が、

釣竿のやうなてつぽうをかついで、

わん、つう、わん、つう、

このへんにそつくりかへつた主人のうしろから、

木製のしなびきつた犬が、

尻尾のさきをひよこつかせ、

わん、つう、わん、つう。

 

     

 

弓のやうにまがつた竿の先で

目高が一疋ぴちぴちはねてる

おやぢはとくいで有頂天だが

あいにく世けんがしいんとして

遠くの牧場では牛でさへもよそつぽをむいて居る、

 

     

 

さむしい Hotel の臺所で、

のすたるぢやのメリイが泣いて居る、

ほんのり光る玉菜のかげから、

ぜんまい仕かけで、

鼠がひよつくり顏を出した。

 

   §   §   §

これで――私の憂鬱は――美事に完成したのである――。

 なお、筑摩版全集の『草稿詩篇「拾遺詩篇」』には、以上とはまた別の「玩具箱」相当の草稿「朝」と「夜」が載る。以下に示して打ち止めとする。「HANTER」は「HUNTER」の朔太郎のスペル・ミス。歴史的仮名遣の誤りはママ。太字は底本では傍点「ヽ」。

   *

 

  日曜日の

 

いやにそつくり返つて

靑い服をきた HANTER

釣り竿のやうなてつぱうをかついで

ワン、ツー、ワン、ツー

このいやへんにそつくり返つた主人のうしろから

木製の四角な犬が ブルドツクがしなびた犬が

しつぽのさきをひよこつかせ

ワン、ツー、ワン、ツー

 

  夜

 

うすほのぐらひ

ホテルの臺所で、

鼠がき ふとつちよのメリイがすすりあげる めえめえしくしく泣いてる

どうしたわけとあたりをみれば

さむしい玉ねぎの下から

わけ

こぼれたみるくのうすあかりで

ほーむしつくの玉ねぎ

ホームシツクの橫顏を

すみつこの ふし穴から

鼠がちよいと顏を出したのぞいて見た、

 

   *

以上の最後に編者注があり、『「夜」の別稿にあたる「夕」と題する原稿』(全集では採用していない。本篇の草稿原稿は全部で六種六枚がある旨の冒頭記載がある)『には「一九一五、四、七、」と執筆日付を記したものがある。』とある。

 では、隨分、御機嫌やう――]

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