萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 波浮
波 浮(大 島)
ぼくは郵使脚夫の步調をまなんで
港々の家をたづね馳せめぐり
新しい手紙の山を投げこんだ
あるひは沖を通る汽船をめがけ
大束にした電報を投げこんだ
ああさうして家々の洋燈はともされ
船の船室(キヤビン)に花やかな貴婦人の夢はまどろむ
いづこまで、さうしてどこに人生の航路はすぎゆくだらう
あらゆる幸福の新聞はよみかへされ
地球はいく度びか夜を通り晝をすぎ
はてなき北海の孤島にさヘ
燈臺守のまづしい生活があるではないか
さうしてぼくは郵便脚夫
かなしくただよへる船です。
[やぶちゃん注:本篇は筑摩書房版全集では『草稿詩篇「原稿散逸詩篇」』にあるが、本底本に先行する小学館版「萩原朔太郞全集」元版の「別册 遺稿上卷」からの転載であり、既に原稿が失われていることが判る。なお、ネット上には萩原朔太郎が大島を訪れたという記載が散見されるが、「靑猫」時代以前の年譜を管見しても彼が大島に行ったという記載はないように思うのだが。]
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