萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 地獄より天堂ヘ
地獄より天堂ヘ
我は人にかくれて十字架に接吻す
主よわれをあはれみ給ヘ
我が行く途は異端のみち
わがともがらは邪淫の蛇
かくても我は主にすがらん
聖加從力(セント・カトリツク)の誠の主よ
我が心は常に誘惑に躍り
肉は腐れて邪宗門の庭に爛(ただよ)へども
尙われは聖母の袖にかくれて啜り泣く
さんた・まりや
げに我はい祈禱(いのり)を知らず
惡酒にただれし唇もて
何ぞ主の御名を汚すをえん
わがうたふ歌は地獄の詩
惡魔の戀を讃えし唇もて
何ぞ尊き讃美歌を唄ふをえん
かくても我は主を信ず
淚をもて主を信ず
さんた・まりや
ヹルレーヌの嘆きはわが嘆き
わが胸は破戒の惱みにたへがたし
さんた・まりや
さんた・まりや
愚かにも人にかくれて主を信ず
聖母よ吾をあはれみ給ヘ
あめん
[やぶちゃん注:第三連二行目「聖加從力(セント・カトリツク)」(漢字表記は正しくは「聖加特力」)、第四連二行目「爛(ただよ)へども」(漢字表記は「漾」「漂」)、「讃えし」(歴史的仮名遣は正しくは「讃へし」)は総てママ。本篇は筑摩書房版全集では『草稿詩篇「原稿散逸詩篇」』にあるが、これもまた、小学館版「萩原朔太郞全集」元版の「別册 遺稿上卷」からの転載であり、既に原稿が失われていることが判る。]