甲子夜話卷之六 35 婦人の居所を長局と云說
6―35 婦人の居所を長局と云說
妾婢を置く處を長局と謂ふ。近頃、字書を視に、『「增韻」ニ宮中ノ長廡相通ルヲ曰フ二永巷ト一。「列女傳」ニ周ノ宣姜后脫テ二管珥ヲ一待ツ二罪ヲ永巷ニ一』と見ゆ。これ、「長局」とは「永巷」より云起せるか。又、『「三輔黃圖」ニ『永巷ハ宮中之長巷。幽二閉ス官女之有ルㇾ罪者ヲ一。武帝ノ時改テ爲二掖庭ト一置クㇾ獄ヲ焉。』。』。これ、官女の獄と聞ゆ。今も咎を受たる女婢を、長局に押込申付るなど云も、この遺事か。
■やぶちゃんの呟き
まず、漢文部を訓読しておく。一部は本訓点に従っていない。文中、「字書」とあるが、これは普通は一般名詞で単なる漢字字書を指すが、ここは、その完備した代表格である「康煕字典」のことである。同字書の「巷」の記載を見たところ、以上の漢文の二節が、丸ごと、載っていた。但し、「管珥」は静山のそれか、判読の誤りか知らぬが、「簪珥」(しんじ)が正しい。「簪珥」は、冠を留めるのに用いる簪(かんざし)と、耳の飾りに垂れる耳玉で、ここは、何らかの罪を得て、後宮から下がることを、「脫管珥」と言っているようである。
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「增韻」に『宮中の長廡(ちやうぶ)[やぶちゃん注:長い軒(のき)。]の相ひ通づるを「永巷(えいこう)」と曰ふ』と。「列女傳」に、『周の宣の姜后(きやうこう)、簪珥を脫(ぬ)ぎて、罪を永巷に待つ。』と。
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「宣」は西周の第十一代の王(在位:紀元前八二八年~紀元前七八二年)。
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「三輔黃圖(さんぽくわうず)」に、『永巷は宮中の長巷なり。官女の、罪有る者を幽閉す。武帝の時、改めて、「掖庭(えきてい)」と爲(な)して、獄を置く。』と。
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「長局」「ながつぼね」。宮中や江戸城大奥などで、長い一棟の中を、幾つもの局(女房の部屋)に仕切った住居。局町(つぼねまち)とも呼ぶ。
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