萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 遺稿詩篇 最後の奇蹟
最 後 の 奇 蹟
おれは日ましにするどくなつてくる
おれの手はしんちうになり
おれの足はゆきにうづまれ
おれの髮の毛ははがねになり
おれのゆびさきは錐になつてしまつた
おれの胴體はふくらみあがつた
かへるをのんだ蛇のやうになり
そこらをのたうちまわつてくるしがる
おれはしんじつおれのただれた母體から
さくらの花をさかせてみせる
おれのくさつたたましひから
らじうむの月を生んでみせる
おれはしなびる
おれはやつれる
ああおれの足音はだんだんと墓場に近づいてくる
みろ、おれは齒くひしめながらきりきりいつしよけんめいで
おそろしい最後の奇蹟を祈つてゐるのだ。
[やぶちゃん注:「しんちう」(「眞鍮」)(歴史的仮名遣では「しんちゆう」が正しい)、「うづまれ」「そうして」(二箇所ある)「近いてくる」「齒をくひしめならから」はママ。筑摩書房版全集では、「未發表詩篇」に、同題で以下のようにある。□は筑摩版編者の判読不能字。
*
最後の奇蹟
おれは日ましにするどくなつてくる
おれの乎はゆきしんちうになり
おれの足はゆきにうづまれ
おれの髮の毛はへびはがねになり
おれのゆびさきは錐になつてしまつた
おれは空の胴體はふくらみあがりつて
かへるをのんだ蛇の やうだ 如く→にさも似たるのやうになり
おれは おれはそこらのたうちまわつてくるしがる
おれはしんじつ苦しいのだ
らぢうむ 光線 をしかけておれのくさつたただれた母體から
さくらの花をさかせてみせる
おれのくさつたたましひから
らじうむの 月 太陽を光らしてみせる月を生んでみせる
おれはしなびる
おれはやつれる
そうして そのなああおれはだ □□□□の足音はだんだんと墓場 死墓場に近いてくる
そうしてああみろ、おれは齒をくひしめならから
きりきりいつしよけんめいで
しつかりと 靑白いおそろしい最後の奇蹟を祈つてゐるのだ。
*
本篇と異同はあるが、以上の筑摩版のそれをみるに、烈しい推敲跡があり、この草稿は、かなり判読が難しいものであることが窺えるから、私は本篇と筑摩版のそれは、同一のものと考えてよいか、或いは、朔太郎が決定草稿として以上を書き直したものの孰れかであると考えてよいと思われる。因みに、筑摩版では、上記草稿の後に、編者注記があり、『本稿は未發表詩篇の「(きみがやへばのうすなさけ)」と同じ用紙に書かれている。』とあるのであるが、こういう注記が読者に対して甚だ不親切の極みなのであって、これは『草稿詩篇「拾遺詩篇」』にある、勝手に仮題した『敍情小曲』『(本稿原稿一種一枚)』にあるものを指す。昔、「敍情小曲」の注で電子化してあるので見られたい。]
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