萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 『蝶を夢む』拾遺 編註・「別れ」 / 「別れ」(添辞)「旅の記念として、室生犀星に」の筑摩版全集不載の別稿
『蝶 を 夢 む』 拾 遺
[やぶちゃん注:パート標題。この裏に以下の編註がある。]
編註 大正十二年七月出版された詩集『蝶を夢む』の編纂は、遺されてある當時の原稿から推測して、少くとも三度ほど編み直したものと思はれる。ここに收錄した作品は、その遺された原稿から採錄したもので、これらの作品は一度び編みこみながら、なんらかの都合で削除したものであつた。なほ既刊『遺稿詩集』に收めた「螢狩」「合唱」の二篇も、ひとたび『蝶を夢む』に編みこんだうへで、やはり都合により削除したものであつた。
[やぶちゃん注:『既刊『遺稿詩集』に收めた「螢狩」「合唱」の二篇』既に電子化注した同じ小学館版「萩原朔太郞詩集」コンパクト・シリーズの前巻(第五巻)である「遺稿詩集」の「螢狩」と「合唱」を指す。]
別 れ
旅の記念として室生犀星に
友よ、安らかに眠れ。
夜はほのじろく明けんとす
僕はここに去り
また新しい汽車に乘つて行かうよ
僕の孤獨なふるい故鄕へ。
東雲(しののめ)ちかい汽車の窓で
友よ、やすらかに眠れ。
[やぶちゃん注:筑摩版全集では、第三巻の「拾遺詩篇」に載り、初出誌は大正一一(一九二二)年二月号『日本詩人』である。初出形を示す。
*
別れ
旅の記念として、室生犀星に
友よ 安らかに眠れ。
夜はほのじろく明けんとす
僕はここに去り
また新しい汽車に乘つて行かうよ
僕の孤獨なふるい故郷へ。
東雲(しののめ)ちかい汽車の寢臺で
友よ 安らかに眠れ。
*
決定的に本底本版の六行目の「窓」が「寢臺」であることから、本詩篇は草稿の一つと考えてよく、本篇と相同のものは同全集には載らない。
「旅の記念」「僕はここに去り/また新しい汽車に乘つて行かうよ/僕の孤獨なふるい故郷へ。」というフレーズから、一つ、推察出来るのは、この「旅」という謂いから、筑摩版全集の年譜にある、大正十年七月中旬に『室生犀星に電報で輕井澤に招かれて、共に妙高山麓の赤倉溫泉に遊ぶ』とある旅の終りの「別れ」のシチュエーションの可能性である。それ以降に室生犀星と逢った可能性は排除出来ないものの、この時が、私は最もしっくりくるのである。]
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