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2021/11/16

萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 「愛憐詩篇」拾遺 編註・「白日夢」

 

    「愛 憐 詩 篇」拾 遺

 

[やぶちゃん注:パート表題。裏の28ページに以下の編註が載る。不自然な字空け(一行字数を合わせるためと推定される。「編註」の後のみ再現した)があるので、全文を正常に繋げて示した。]

 

 

編註 『初期詩篇』に收められた「愛憐詩篇」は、すべて萩原朔太郞の初期作品といふべきもので、その雜誌發表も大正二年から大正三年にかけて行はれた。既刊『月に吠える』には「愛憐詩篇」十八篇を收錄し、『遺稿詩集』にはその年代の「遺稿作品」四十四篇を收めたが、ここにはさらに「拾遺」として十二篇を補追した。これらは「街道」一篇をのぞいて、みなノオトに書いてあつた。この十二篇の採集により「愛憐詩篇」當時の作品はほぼ完きまでに蒐錄されたと思はれる。

 

[やぶちゃん注:「遺稿詩集」は昭和二三(一九四八)年小學館刊「萩原朔太郎詩集 Ⅴ 遺稿詩集」のこと。既にブログ・カテゴリ「萩原朔太郎」で完全電子化注済み。

「その年代の「遺稿作品」四十四篇を收めたが、ここにはさらに「拾遺」として十二篇を補追した。これらは「街道」一篇をのぞいて、みなノオトに書いてあつた」計五十六篇。筑摩書房版全集では「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」には四十九篇が載るが、以下に見る通り、本篇群との一致度が異様に低く、本底本が元とした「ノオト」は「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」とは全くの別物である(因みに、筑摩版全集第二巻にある「習作集」は「習作集第八卷」と「習作集第九卷」以外には載らず(言っておくと、「愛憐詩篇ノート」は渋谷國忠氏の監修・解説で昭和三七(一九六二)年に世界文庫から復刻された際の書名「愛憐詩篇ノオト 前後二卷」として出版された際に渋谷氏が勝手に添えた副仮題を、筑摩版編者が第八巻にのみ適応したもので、私は実は甚だ不審に思っている)、解題で『これら「習作集」は第八・第九卷だけ殘され、第一卷から第七卷までと第十以後についてはまったく不明である。』とある。則ち、恐るべき膨大な量の草稿用「習作集」が忽然と消え去ってしまった可能性が極めて高いのである(少なくとも前の七巻分)。]

 

 

 

  白 日 夢

 

ひぐるまの花さもえんえと咲きければ

その高き葉の下に蟲つどひ

羽蟻の列ははてなき大地を步み行けり

見よや空には日輪もえ

きほひ猛なる投槍のほさき

火のごとく 人の肌をつきぬけり

時しもあれや

わが心いたく飢えて

ひねもす饐えはてしくだもののにほひをかぐ

やみがたき沒落にいたらんとす

すべて若き日はくちなはの縞ある背に生れ

身うちことごとくふるへて

かの靑き南國の海を嘆きしたへり

わが身は沃度もてぬられたる

アルマの唇ににほふひなげし

ひぐるまの花咲さく夏の白日に

阿片煙草の夢こそいかで忘られむ

遠き地軸のとどろきに

ひぐるまの花咲き散れる夏の白日。

 

[やぶちゃん注:「えんえ」はママ。「えんえん」(延々)の脱字或いは萩原朔太郎独特の音律による省略ででもあるかもしれない。或いは「ひぐるま」(日輪)=向日葵「の花さも」と続くのであれば、これは「圓々」(ゑんゑん)の誤表記の縮約とも採れる。後掲する別稿参照。

「沃素」(えうそ(ようそ))はハロゲン族元素の一つ。ヨード。単体では金属光沢を有する暗紫色の結晶であるが、昇華しやすく、蒸気は紫色で刺激臭がある。有毒。水に溶けないが、沃化カリウム水溶液には溶けて褐色、ベンゼン・ヘキサンでは紫色、アルコール・アセトンで褐色、澱粉では青色を呈する。天然には海藻やチリ硝石などに含まれ、哺乳類では甲状腺に含まれてチロキシンを構成し、必須元素の一つであり、また分析試薬や医薬などに利用される。但し、ここでは単なる色彩上の南国の土人(以下の別稿を参照)のおどおろどろしいヨード・チンキ色の戦士のボディ・ペインティングのイメージに過ぎない。

「アルマ」不詳。但し、英語・スペイン語などの女性名に「Alma」があり、これはラテン語の「almus」=「滋養」、又は、スペイン語・ポルトガル語の「alma」=「魂」に由来し、一読した際には後者の「魂」の意で「戦士たる私の霊魂の唇に」と直感的には読み下した。

 さて、筑摩版全集には同題「白日夢」があるが、異同の激しい一篇が「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」にある。以下に示す。「つくざけり」はママ。「つき(ん)ざけり」の誤記であろう。標題頭の意味不明の記号「△」(無題としたものに、後から「白昼夢」の標題に確定したものか)や歴史的仮名遣の誤りはママ。

   *

 

△白日夢

 

ひぐるまの花さもゑんゑんと咲きければ

その高き莖の下に蟲つどひ

羽蟻の列は涯なき地平を步み行けり

見よや空には日輪もえ

きほひ猛なる投槍の穗先

火の如く蠻人の肌をつくざけり

八月なかば、わが心いたく飢えて

ひねもす饐えはてしくだものゝにほひをかぎ

やみがたき沒落の邪淫にひたらんとす

すべて若き日はくちなはの縞ある背に生れ

身うちことごとくふるへて

かの靑き南國の海を戀ひしたへり

わが身は妖紅もてぬられたる

アルマのくちびるに、にほふひなげし

遠き地軸のとゞろきに

ひぐるまの花咲き散れる夏の白日

阿片煙草の夢こそいかに忘られね、

                  (戲作)

 

   *

謂わんとするところの一篇に夢想展開の一貫性(説明的叙述部分)は後者にあるが、内在律を大事にした萩原朔太郎の詩篇としては本篇の方が俄然優れていると私は思う。なお、実は筑摩版第三巻の『草稿詩篇「習作集第八卷・第九卷」』に本書の本篇を転載して載せてあり、これを勝手に「習作集第八卷(愛憐詩篇ノート)」に載る上記の草稿扱いにしているのである。こういう仕儀は甚だ不親切極まりない。相互に参照注記を附すのが当然であろう。

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