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2021/11/02

本日連れ合いが両股関節を一度に人工関節にする術式を行って成功致しました

数年、両杖による歩行をしてきた連れ合いが、先月、変形股関節症の末期と診断され、急遽、両股関節を人工関節に置換する術式を、一度に、本日、行いました。

(連れ合いは先天性股間節脱臼(原因は不明ですが、女児に多いことから、女性ホルモンの関係性が疑われています)でしたが、今でも重錘(じゅうすい)を用いて両足を大股開きに寝かせる修正術が最前法とされているようですが、そもそもがその術式は、本当に正しいのかどうかは私は疑問のように思われます。今は錘をぶら下げっぱなしせず、よく観察して重量軽減が図られているようでうす。しかし、同疾患の乳児の九十%が、また、私が聴いた話では、その重錘療法を受けた乳児の七割が、後年、この疾患を罹患する可能性が高くなると聴いています。但し、「それは後付けの病因」とする嘗ての人工関節術よりも温存法を支持する大家の医師の話を直接に聴きましたが、私はその療法にこそ、やはり病因の主因はあるのではないかと疑っています。重錘療法で股関節が乳児の骨盤から有意に無理に離されることは事実であり、それが、いい加減に過度に続けられた場合、後年、その間隙への軟骨形勢が追いつかなくなるであろうということは、素人目にも明らかに思われるからです。そうでなくては、七割という有意な発症率の説明はつかないと私は考えます)

主治医からは「術式は最低で四時間」と聴かされましたが、実際には、一度、左股関節を「回転骨切術(かいてんほねきりじゅつ)」(おどろおどろしいものですが、正式名称です。入院時に聴き取りに当たった若い女性医療者は、その術式名さえ知りませんでした)を結婚してから数年で行っているため、そちらの足の方には最新の術式(筋肉を切らずに、その隙間から人口関節を挿入するもの)が適応出来ず、結局、延べ「七時間十五分」の長きに亙りました。医師からは「術式開始の移動の九時前の五分間に手術室に行く移動途中で廊下で特別にすれ違うことが可能」とされましたが、術式がどれくらいかかるか判らないこと、その間の時間を私には潰しようがないことから、私は予定の術式終了予定の三十分前の午後零時半に、病院直近の公園のベンチに赴き、そこで待ちましたが、結局、夕方までそこで待たされ、以上の時間がかかりました。

現在のコロナ下で彼女への見舞いは出来ません。私も本人に逢うことは、結局、今日の総てが終わって、執刀医からの話を聴いた後、手術室から運び出される十数秒のみでありました。向後、リハビリに入っても、私も面会は出来ませんので、連れ合いの知人の方々も同じですので、病院は明記しません。なお、現在(11月4日)も彼女は携帯に出ることも出来ませんのでご承知おき下さい。

唯一、メールのみが使用できますが、いろいろな所用を私と交わすだけでも、彼女には結構な負担ですので、暫くは、ご遠慮願います(携帯メールの音がするので厳禁です。個室を望んだのですが、だめで、コロナ下で、大部屋のためです)。基本は入院二週間ですが、筋肉の減衰を主治医が心配され、三週間ほどまで伸びるかも知れないというのが、実状です。

まずは、手術が上手くいったことを言祝ぎたいと思います。

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