萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 「愛憐詩篇」拾遺 (無題)(悲しや 侘しや)
○
悲しや 侘しや
ここは異域のいやはてに
目路のかぎりはうすあかり
とんとんとろりと物の怪が
地軸のはてをはせめぐる
うすら侘しき日の步み
雲ふきまくるくらやみに
眼ばかり光る風車
風肅々と吹きめぐり
遠方にすさまじき
異形のものの走りゆく
遠い異域の夕まぐれ
身うちにそひて怖え泣く
きちがひのドンキホーテの片意地こそ哀しけれ
かたく立てたる槍先に
うれひは到るよせきたる。
[やぶちゃん注:「怖え泣く」「おびえなく」と訓じておく。筑摩版全集には無題詩としての本篇は載らない。後の補巻の新索引にも載らないので、筑摩版全集不掲載詩篇と採っておく。しかし、実は筑摩版には第三巻の『草稿詩篇「習作集第八卷・第九卷」』に、解題から、小学館版全集から転載したとして、「ドン・キホーテ」と勝手に題を附しておいて、後に「○」を添えて、本篇が載る。これは、筑摩版第二卷「習作集第九卷(哀憐詩篇ノート)」に載る、以下のものを校訂本文で採用した、その草稿扱いという処理を意味しているのである。それを以下に示す。表は総てママ。
*
ドン・キホーテ
悲しや悲しや
こゝは異域のいやはてに
とんとんとろりと物の怪が
地軸のはてをはせめぐる
うすら侘しき日の步み
ほのくらやみに
眼ばかり光る粉挽車
風肅々と吹きめくり
遠方にすさまじき
異形のものゝ馳り行く
遠い異域の夕まぐれ
身うちにそひて怖え泣く。
きちがひの
キホーテの片意地こそ悲しけれ
固く立てたる槍先に
うれひうひたによせきたる。
*
筑摩版全集の問題点は、勝手に題名をつけたり、それぞれが草稿関係にある並立状態にある詩篇を、参照注記を附さずに、離れた別巻に載せている点である。これは甚だ不親切と言わざるを得ないのである。]
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