萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 拾遺詩篇 竹の根の先を掘るひと
竹の根の先を掘るひと
病氣はげしくなり
いよいよ哀しくなり
三ケ月空にくもり
病人の患部に竹が生え
肩にも生え
手にも生え
腰からしたにもそれが生え
ゆびのさきから根がけぶり
根には纎毛がもえいで
血管の巢は身體いちめんなり
しぜんに哀しみふかくなりて憔悴れさせ
絹絲のごとく毛が光り
ますます鋭どくして耐えられず
つひにすつぱだかとなつてしまひ
竹の根にすがりつき、すがりつき
かなしみ心頭にさけび
いよいよいよいよ竹の根の先を掘り。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。「耐え」及び「ついに」はママ。「憔悴れさせ」は「やつれさせ」と訓じていよう。底本の「詩作品發表年譜」によれば(左ページ「225」の三行目だが、前の「玩具箱」の頭の植字を誤植していて、「玩の根の先を掘る人」と竹具箱」になってしまっている)、初出誌を大正四(一九一五)年三月発行の『卓上噴水』とする。筑摩書房版全集でも「拾遺詩篇」に載り、同雑誌の同年三月号とする。その初出を示す。
*
竹の根の先を掘るひと
病氣はげしくなり
いよいよ哀しくなり
三ケ月空にくもり
病人の患部に竹が生え
肩にも生え
手にも生え
腰からしたにもそれが生え
ゆびのさきから根がけぶり
根には纎毛がもえいで
血管の巢は身體いちめんなり
ああ巢がしめやかにかすみかけ
しぜんに哀しみふかくなりて憔悴れさせ
絹絲のごとく毛が光り
ますます鋭どくして耐えられず
つひにすつぱだかとなつてしまひ
竹の根にすがりつき、すがりつき
かなしみ心頭にさけび
いよいよいよいよ竹の根の先を掘り、
*
御覧の通り、「ああ巢がしめやかにかすみかけ」一行の欠損がある。しかし、その他は終わりの行の句読点の違い以外は完全に一致している。
私は中学時代に萩原朔太郎の「竹」に遭遇して以来の萩原朔太郎という「疾患」の「感染者」であり、致死的にして不滅の痙攣的な彼の霊的にして病的な「竹」詩群には拘りがあるホスピス患者である。知られた「月に吠える」のそれは、二〇一八年に作った、
が決定版であるが、それより前の二〇一三年には、本ヴァージョンである、
と、
竹 萩原朔太郎 (「月に吠える」の「竹」別ヴァージョン+「竹」二篇初出形)
を電子化注している程度にはファナティクな朔太郎性竹シンドローム罹患者なのである。
されば、本篇の画像診断であるが、「ああ巢がしめやかにかすみかけ」一行の欠損以外には終行の読点の違いしかないという本篇映像は、正直、遺稿草稿とするのには、私は、躊躇を感ずる。これだけの分量に増殖した病巣で、他に病変(異同)がないというのが、底本編者という担当執刀医には悪いが、一行欠損はオペのミスである可能性が強く疑われるからである。
無論、草稿別稿なのかも知れぬが、「ああ巢がしめやかにかすみかけ」のない本篇は、初出に明らかに劣る。やはり、別稿ではなく、編集ミスとしたい。]
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