萩原朔太郎詩集 遺珠 小學館刊 斷片 祈禱
祈 禱
ぴんと光つた靑竹
そこらいちめん
ずばずば生えた竹藪の中へ
おれはすつぱだかでとびこんで
死にものぐるひの祈禱をした
まつかの地面の上で
ぎりぎり狂氣の齒がみをした。
みれば笹の葉の隙間から
まつぴるまの天が光つてゐる
おれは指をとんがらして
まうかうかうからすつぱりと。
[やぶちゃん注:筑摩版全集の「未發表詩篇」にある「祈禱」と句読点の違いと、「藪」・「籔」の字体を除いて相同である。以下に示す。
*
祈禱
ぴんと光つた靑竹、
そこらいちめん、
ずばずば生えた竹籔の中へ、
おれはすつぱだかでとびこんで、
死にものぐるひの祈禱をした、
まつかの地面の上で、
ぎりぎり狂氣の齒がみをした。
みれば笹の葉の隙間から、
まつぴるまの天が光つてゐる、
おれは指をとんがらして、
まうかうかうからすつぱりと。
*
同一原稿と断ずる。なお、筑摩版では、編者注があり、『草稿詩篇の「穴」と關係あり』とある。但し、この注記の「草稿詩篇」というのは同じ「未發表詩篇」の後に載る「草稿」の誤りである。以下に示す。歴史的仮名遣の誤りや誤字(と思われるもの。例えば「血みどれ」は「血みどろ」の誤記であろう)は総てママ。
*
穴
かたい地面を掘つくり返して
そつくり くさ あんずのきを植えつけた
穴の中に 風あり かぢこんでゐる
穴 に の中に風あり
ぐんぐんつきや
おれはまつ 四角 さきに きり ふみこんだぎりぎり齒ぎりしをした
おれのあたまの上にかさなつた天
ぐんぐんふみつける
あの おれは 死を 血みどれの死體からどこまでも逃げてゆくのだ生きて居るのだ
みろああみろ、おれはいのちがけのおれの懺悔をするのだ
おれは血を吐きくちびるから
くさつた地めべたへ血を吐きつけて
力いつぱいにのびあがつたふみつけた
おれのそのとき肩の上から
ぴんと光つた靑竹が生えた
おれは人さし指をとがらして
眞額からすつぱりと
[やぶちゃん注:以下の最終行一行は複数の下方に枝割れした並置残存がある(三ヶ所で、都合、全部で四種が並存していることになる)ので、特異的に煩を厭わず、全部のケースを以下に並べた。前後を「※」で挟んだ。]
※するどい光線の反映流をすかした書いた、※
※するどい光線の脈をすかした書いた、※
※するどい靑竹の脈をきりつけた、※
※靑竹の條線脈をきりつけた、※
*
整序すると(最終行の並置残存分は削除を除いてそのまま示した)、
*
穴
おれはぎりぎり齒ぎりしをした
おれのあたまの上にかさなつた天
どこまでも生きて居るのだ
ああみろ、おれはいのちがけの懺悔をするのだ
くさつた地べたへ血を吐きつけて
力いつぱいにふみつけた
そのとき肩の上から
ぴんと光つた靑竹が生えた
おれは人さし指をとがらして
眞額からすつぱりと
※するどい光線の反流を書いた、※
※するどい光線の脈を書いた、※
※するどい靑竹の脈をきりつけた、※
※靑竹の線脈をきりつけた、※
*
確かに本篇は「祈禱」別稿と読める。なお、「眞額」を筑摩版全集は「眞向」の誤字とするが、こんなことは許されない。「眞額」は「まびたひ」或いは当て読み「まつかう」で同じ意味で通る。こういう過剰で無用な知ったかぶった官僚的強制消毒(特定の漢字を唯一の正字体として表記を統一してあるのも最下劣である。先行する「(無題)(狐がきたので)」の私の最後の指弾と鬱憤を参照されたい)が大嫌いなのである。
さて、調べると、筑摩版全集の『草稿詩篇「未發表詩篇」』には、『祈禱』として『(本篇原稿三種三枚)』と標題する無題詩を含む二篇が掲げられてある。以下に示す。歴史的仮名遣や誤字等は総てママ。丸括弧表記は萩原朔太郎自身によるもの。□は底本の判読不能字。
*
○
すつぱり すつきり 光 とがつた 光つて→直立して 靑竹
ぴんと光つた靑竹
眼のそこいらいちめん(そこでもこゝでも)
ずばすば生えたヤブの中を でもで
おれはぐんぐんつき おれはぐんぐんつきやぶつてすゝんだ
ひつそりして立とまると
*ぴいぴいと鳥がなくいてゐる//いちめんにかさなつた笹の隙間から//いちにち鳥が鳴いて居る//笹葉の隙間から*
[やぶちゃん注:以上の「*」と「//」の記号は私が附した。これは「ぴいぴいと鳥がなくいてゐる」・「いちめんにかさなつた笹の隙間から」・「いちにち鳥が鳴いて居る」・「笹葉の隙間から」の四つのフレーズが並置残存していることを示したものである。]
天がまつさをに光つてみえた
祈禱
ぴんと光つた靑竹
そこいららいちめん
ずばすば生えたやぶの中でヘ
おれはぎりぎりはぎしりをした
おれはすつぱたかでつつ立つて
おれはいのちかげ死にものくるひの懺悔キトーをするのだした
笹のすきまからみえる
いまつかの太陽地面の下で の下で上で
おれぎりぎり齒ぎしりをし て祈つた、 た きちがひの 狂氣の齒はがみをした
みろすつぱだかで立つて居る
みろ笹のすきまから、
天がまつ さほに ぴるまのやうに光つてみえる
まひまつぴるまの天が光が光つてみえる、
おれは指をとがらして
眞額からすつぱりと
靑竹の□□幹を切りつけた、
*
試みに、この後者の方を整序してみよう。
*
祈禱
ぴんと光つた靑竹
そこいらいちめん
ずばすば生えたやぶの中ヘ
おれはすつぱたかでつつ立つて
死にものくるひのキトーをした
まつかの地面の上で
ぎりぎり狂氣の齒はがみをした
みろ笹のすきまから、
まつぴるまの天が光が光つてみえる、
おれは指をとがらして
眞額からすつぱりと
靑竹の幹を切りつけた、
*
これこそ、本篇及び最初に掲げた筑摩版全集「未發表詩篇」所収の「祈禱」の直前の草稿形とするに相応しいではないか。]
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