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2021/12/04

曲亭馬琴「兎園小説外集」第二 大河内藤藏紀事 文宝堂

 

   ○大河内藤藏紀事【丙戊[やぶちゃん注:文政九(一八二六)年。]三月九日異聞。】

    口上書

私儀、生國甲斐國山梨郡藤木村[やぶちゃん注:現在の甲州市塩山藤木(えんざんふじき)(グーグル・マップ・データ)。]、御代官小野田三郞右衞門樣御支配、百姓甚左衞門忰にて、去々申年中、御當地へ罷出、知人深川八幡前佃町家主、彥兵衞、世話にて、去酉年八月中、一橋樣御小姓組頭取、瀧川主水方へ侍奉公に罷出、相勤罷在候處、傍輩中間三平と申者、常々、手荒成者にて、口論等仕、其上、博奕致候に付、當三月五日、主人より暇差出候處、「衣類等にも差支候間、外へ奉公濟[やぶちゃん注:「ほうこうずみ」で「奉公住み」か。或いは、仲介する口入れ屋を通じての「奉公替え」の仕儀を言うか。]も仕兼候間、差置吳候樣。」取計の義、相賴候に付、主人方へ取繕いたし遣し、差置候處、主人用向、相辨兼[やぶちゃん注:「あひわきまへかね」。]候に付、「右體の義にては難差置候間、其趣、當人へ申聞候樣。」、一昨七日、主人申付候間、其段、三平へ申聞候處、取用不ㇾ申、其上、今朝、明番[やぶちゃん注:「あけばん」。一晩二交代の勤務で夜半から明け方にかけての勤務で、三平がその後半に当たっていたことを指す。]に付、爲ㇾ迎[やぶちゃん注:「むかへんがため」。]に罷出候節、三平儀、昨日罷出候て、今朝歸り不ㇾ申候に付、奧方へ其段申聞候へば、先、私、幷、挾箱持市助に草履を爲ㇾ持[やぶちゃん注:「もたせ」。]、「兩人計、迎に罷越候樣。」申付候に付、則、同道仕、神田橋中屋敷へ罷越、主人退散を相待候處、三平罷越候に付、「何方へ罷越候哉。」と承候處、「一旦、暇出候身分の儀に付、何ㇾ罷越候共、勝手次第。」の儀に有ㇾ之旨申、主人始、私儀を惡口雜言等、申掛候へ共、平日、手荒成者故、取敢[やぶちゃん注:「とりあへず」。]不ㇾ申、程能、及挨拶候處、猶々、聲高に申募り候故、種々、理解[やぶちゃん注:「ことわり、とき」。]申聞候へ共、聞入不ㇾ申、「若年者。」と侮り、理不盡に打掛り、打擲[やぶちゃん注:「ちやうちやく」。]に逢、殊に主人外聞にも相拘り候に付、餘り殘念に存、不ㇾ得已事、刀、拔放し候處、猶又、罵り打掛候故、腕切落し候得ば、門外へ欠出し[やぶちゃん注:「かけいでし」。]候間、追懸罷出候處、又候[やぶちゃん注:「またぞろ」。]。私へ打掛り、其上、御屋敷前、構の下水へ、蹴込候に付、旁[やぶちゃん注:「かたがた」。]、心外に存、起上り、無是非打果申候。此外可申上儀無御座候。以上。

 三月九日  瀧川主水家來

           大河内藤藏【戌十七歲。】

   御從士目付

       依田源十郞殿

       神谷昇太夫殿

       瀧川主水草履取

           三   平【戌四十四歲】

   疵 所

左り二の腕臂際より切落。

面部左りの方、竪に三寸程、切下げ、同所橫三寸程一ケ所、胸に突疵二ケ所、右の腕中指の間より竪三寸程切割。止め、咽一ケ所。

   同人懷中物

半紙・鼻紙、少々。簺[やぶちゃん注:音「サイ」。骰子のことか。]、二ツ祇紙に包。

右死骸、三河町一丁目「地藏番屋」西の方にて見分、相濟、同十二日朝、瀧川主水家來某へ引渡。依ㇾ之、主人より、番組人宿[やぶちゃん注:「ばんぐみひとやど」。雇人などの周旋をする口入宿(くちいれやど)を「人宿」と言い、それを管理・統制するために複数(初期は三十単位で)で強制的に組合を作らせ、それを「番組人宿」とそうした。人宿は組合への加入が必須とされ、町奉行所はそれを通じて人宿運営についての指示や指導を行った。]神田多町中村屋茂助へ、引渡し。

            瀧川主水中小姓

            大河内藤藏【戌十七歲】

酒井左衞門尉、辻番所にて、見分者の口上差出、同十日暮六ツ時頃[やぶちゃん注:不定時法で午後六時前頃。]、町奉行筒井伊賀守役宅え、召連、相渡候處、翌十一日、一橋殿小人目付[やぶちゃん注:「こびとめつけ」。目付の支配に属し、幕府諸役所に出向し、諸役人の公務執行状況を監察し、変事発生の場合は現場に出張して、拷問・刑の執行などに立ち会った職。]、町奉行所へ御呼出、「右藤藏儀、吟味中、預け遣す。」旨、被二申渡候。同十二日、右藤藏幷に一橋殿裏門番三人、酒井左衞門尉辻番人四人、町奉行所へ呼出さる云々。裁許不ㇾ及ㇾ聞、追てたづぬべし。

一、藤藏、みづから、いふ。「享保九子年[やぶちゃん注:不審。享保九(一七二四)年は甲辰。子年は享保五年。]以前は、松平美濃守吉保、同伊勢守吉里、甲州府中領主の節迄、藤藏先祖は、二百五十石にて、家來なりし。」よし。「柳澤國替以來、鄕士に被ㇾ成候。今は百姓になりし。」とぞ。

一、三平は、八日に外へ奉公濟いたし、同日夕方、取替金をうける[やぶちゃん注:斡旋で仲介料を得た口入れ屋から出る当人への奉公替え用の支度給付金か。]。九日朝、三河町一丁目河岸の居酒屋にて、酒を飮居たりし故、主人の迎、遲刻に及びしとて、口論の節、主人の草履を以、藤藏を打擲し、腕を切落されても、猶、打かゝりし故、藤藏、全身、血に塗れし、といふ【大河内藤藏は、爾後、一橋樣の御徒士に召出されしと言。】。

一、當時の落咄に、「三平、切られて叫て言、『ヤレ人殺し、人殺し、庄内に、人は、ないか。【これは酒井公の辻番人をさすなりとぞ。絕倒。】[やぶちゃん注:この最後の落とし咄し、どこがどう面白いのか、さっぱり判らぬ。どなたか、御教授願えれば、幸いである。]。

    文政九年三月記

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